RINGO JAMな畑の永井です。今日は、戯曲「home」を…〜読む×話す×歌う〜に参加してきました!「話す」パートのゲストとして伺いました。りんご農家らしく、イベント前にはりんご畑での作業をこなしてきました。
戯曲「home」になぜゲストで参加したかと言うと、主催の「われらに、五月を」実行委員会の主催である世良さんからお誘いいただいたからです。こちらの戯曲がりんご畑を舞台としておりまして、生産者から見てどうであるかをお話ししてほしいということで、お声がけいただきました。
タイトルが「home」で、舞台がりんご畑であると聞いた時、「記憶」がキーワードになるのではないかと私なりに考えていました。新しくRINGO JAMな畑を運営するにあたり、りんごの木をある程度切らなくてはいけなくなると考えていました。その中で、どう記憶をつないでいくか、ということを最近の個人的なテーマとして捉えていたこともあり、そう言う気持ちで戯曲を拝見していました。
戯曲を読んでいる様子を見て感じたのは、「他人事ではない」と言うことです。とてもリアルなりんごの生産の現場が描かれていると感じました。しかし、暗く見える場面がある一方、私は”希望”を描いているな、ということを感じていました。生産者としては、背中を押してもらっていると言ってもいいと思います。そんな一筋の光が見える、地に足がつきながら、前を向いて行こうと思わせてもらえる、力強い作品であると感じました。
ちょっと主題とはズレるかもしれませんが、主人公の男と、その男の祖父とのシーンで感じたことがあります。それは、「好きなところで好きなことをして生きていくことと、縁のあった場所で、大して好きではなく始めたことで生きていくことは、変わらず同じくらい価値のあることなのかもしれない。」と言うことです。私自身、りんごは好きで始めたことではありませんでした。思いがけず、今では好きと言う言葉では言い表せないほど不思議な存在になっていますが、最初から想定していたわけではありません。そう言う意味でも、今回の戯曲には背中を押していただいたと感じています。主題とはずれそうですし、勝手な解釈だとは思いますが、私はそう感じました。素晴らしい作品だったので、今後のイベントにも足を運びたいと思いました。
クラファンを初めて16日目。支援者の数は37名になりました。ありがとうございます!今日のゲストトークでは、RINGO JAMな畑の触りのお話だけさせていただきました。この取り組みも、戯曲「home」のように、記憶を繋いでいくものになったらいいなと感じました。