「精神疾患」という言葉へのイメージ
副店長のなびです。
9月にオープン予定のカフェの、店名と込められた意味が、店長ののんちゃんから発表されました。「カフェ コッソリ」投稿を見て頂けると嬉しいです。
それとは全く関係無いのですが、連想ゲームのようなもので「コッソリ」→コソコソ隠れるように過ごしてきた精神疾患当事者として、何故隠れなければならなかったのか、私の過去を振り返り、今回のクラウドファンディングに対する私自身の想いを書かせて頂こうと思います。
私は約25年前、「精神分裂病(今の統合失調症)」と診断を受けました。それまでに数少ない情報から精神疾患へのイメージは、怖い・不気味・頭がおかしい・何か事件を起こすんじゃないか等々、否定的なものしかなく、自分がそうなってしまったのを受け入れられず、世間に知られたら大変だからバレないように隠さなければ、両親もそう考えている、そんな意識で家の中と病院の往復のみでひきこもり時期を過ごし、外に出れるようになってからも、友人・知人にカミングアウトすることは出来ず、ひた隠しにして生きてきました。
隠し続けることにより、更に世間との距離が遠くなり、世間一般・普通というものに対する漠然とした憧れと、強い劣等感、自分には決して手の届かないものという認識が確立していきました。
自分が障がい者であるという事を何度も嫌になるくらい自覚し自覚させられ、けっして世の中に受け入れられることは無いと諦め、なんとかバレずに、でも普通っぽく見えるよう振舞えるよう、普通に近付けるよう、小手先だけでなんとかしようとし、どうにもならない日々を送ってきました。
今回のこのクラウドファンディングの機会に、思い切って表に出てきた訳ですが、
精神疾患であること、それ自体、それだけで注目を集めたいとか認められたいとか、そういうことを主張したい訳ではないのです。
自分と向き合い、自分のやりたいこと・なりたいものの為に、
精神疾患の症状だから仕方がないと諦めたり、過去の不幸な出来事を恨んだり、他の誰かのせいにしてしまうことを辞め、しんどいけれども改善すべき自分の課題に改善できると信じて取り組む先に、何度どんな大きな失敗をしても諦めず取り組み続ける先に、光があることを少しでも示すことが出来たら良いなと考えています。
抽象的になってしまいましたが、私の場合だと、「失敗して傷付くのが怖い」「人から嫌われるのが怖い」「コミュニケーションが下手」「緊張どもり・吃音」「挙動が不審」「被害妄想」等々、挙げればキリが無いですが、こういった自分の課題に取り組んできて、完全にとはとても言えないですが、徐々に改善していき、ラテアート活動に繋がっていきました。
世間一般の「精神疾患」に対するイメージは、私が発症した25年前と比べたら、少しは認識が広まっていると思うのですが、まだまだ難しく感じます。
こういうものだよ、と知って欲しい気持ちはもちろんありますが、それと同時に「怖い」「危険」といったイメージを払拭できるくらいに、自分自身が相手を納得・安心させられるくらいに、障害特性では無く個性・人間的魅力の一部に感じてもらえるよう、自分を成長させることが何よりも大切だと感じています。
そのためにも、25年前の私のように、自分は変なのだから隠さなければと、メンタルに疾患を抱えた方が、自分や家族ともども孤立することなく、社会との接点を持ちながら、改善した方の話を聞きながら、一緒に自己実現、幸せになるためにお互い頑張っていけるような、そんな空間・場所を仲間と一緒に、自分のラテアートを添えて提供していきたい、というのが今回のクラウドファンディングでの私個人の想いです。
想いを詰め込み過ぎて長文・乱文失礼いたしました。最後まで読んでいただきありがとうございます。
副店長 なび