こんにちは、三輪です。
私は彫刻家として30年間活動をしてきました。最近「全盲の彫刻家」と呼ばれるようになりました。これはなかなか私を悩ませる枕詞です。確かに病気で目が見えなくなりましたので、全盲の彫刻家という表現は間違っておりません。ですが胃腸が悪い人が胃腸の弱い彫刻家とは呼ばれません。違う話ですが、かつて女流彫刻家と呼ばれのけぞったこともありました。この表現は無意識に男女差別の意識がはたらいていると思います。
視覚障害を核に障害とアートを繋ぐ社会活動をあえて旗を振って始めたわけですから「全盲の彫刻家」と呼ばれるのは覚悟して生きていかなければならないとは思っていましたが、気が付くと私の作品を発表する環境が美術から福祉、障害エリアに移行しつつあるような気がするのです。正直心のなかがざわざわしてしまいます。目は見えなくなったけれども作家のつもりだからです。
オリンピックをパラリンピックと分けるのも少々気になります。だけれども、だけれども自分が小さいな、、、、と思うこともあります。健常者と障害者を線引きしてほしくはないと思う自分と見えないということを私の個性だととらえ、全盲の彫刻家と呼ばれることを堂々と受け入れて活動するべきだと思う自分があります。見えないからこそできる表現があるとも思います。
作品を作るのは完璧な人間である必要はありません。むしろ自分の足らないところをなんとか工夫して時には人に甘えて表現することもその人の人生が現れるのだと思います。気持ちが右にいったり左にいったり回転したりもがいてばかりですが、これが正直な今の私の気持ちです。
一般社団法人メノキ代表 三輪途道