霞堺の街外れ、海を見渡せる小高い丘には小さな喫茶店がある。そこで夜ごとに訪れるのが、通称「星読みのアルベルト」と呼ばれる老人だ。彼はいつも、店に置かれた古びた望遠鏡を覗き込み、空に輝く星々を一つずつ数えている。そして、星を数えるたびに、霞堺の昔話を語るのが彼の日課だった。アルベルトは背中を少し丸めた細身の老人で瞳は花浅葱、色褪せた帽子をいつも深く被っている。星を見つめるときはいつも同じ口癖を呟く。「星は街の記憶だよ。数えるたびに、この街が紡いできた歴史が甦るんだ」彼の言葉を信じるかどうかは人それぞれだったが、常連客たちは彼の語る話に魅了されていた。ある夜、アルベルトは特に明るく輝く一等星を指さし、こんな話を語り始めた。「ずっと昔、この世界は長い間、深い夜に包まれていた。嵐が来れば街を飲み込み、星の光さえ届かない時代だ。そんな中、一隻の船が現れた。船には“青い光の種”が積まれていて、それを街に届ける使命を持っていたんだ。だが、その船が嵐の中で姿を消してしまった」彼の声は静かだが、聞く者の心を捉えて離さない。「船が消えたあとも、街の人々はその船と青い光の種を探すために星を見上げるようになった。そして、いつの日か、地上に落ちた種が成長してやがて青い花が咲き、空へと還って世界には光が戻ったんだ。その星があの一等星さ、今でも街を見守っている。」彼の話が終わると、喫茶店に集まった人々は夜空を仰ぎ、冗談半分に語られた星を探し始める。喫茶店の若いスタッフがアルベルトに尋ねた。「アルベルトさんは、どうして星を数え続けるんですか?」老人は笑って答えた。「星を数えることは、霞堺の記憶を忘れないためさ。街がどれだけの歴史を紡いできたか、それを知ることは未来を作ることと同じだろう?」スタッフはその言葉に深く頷いた。アルベルトが喫茶店に訪れなくなったのは、月明かりが夜縹の海を強く照らすある日のことだった。店主が丘を訪れると、望遠鏡のそばに一冊の古びたノートが置かれていたという。その中には、彼が数えた星の数と、それに紐づく霞堺の伝承がぎっしりと書き込まれていた。その最後のページにはこう書かれていた。「私がいなくても、星は誰かの記憶になるだろう。次の語り部がこの街に現れることを願う。」彼の姿は二度と見られなくなったが、丘の上の喫茶店には今でも人々が集まり、アルベルトの話に花を咲かせて星を数えているという。





