【活動報告13日目】できることなら、SNSには「笑って読める話」や「役に立つ話」だけを載せたいんです。たとえば、7歳児のほっぺに味噌がついてて「どっち?!」となった話とか、「お店って1日1改善を続ければ、1年後にはとっても良いお店になるよね」みたいな、誰かの心がちょっとゆるんだり、「私も頑張ってみようかな」と思えるような、いい感じのやつを。でも今日はちょっとだけ、私のモヤモヤ活動日記第13章をお届けしたいと思います。なので、せめて文体だけでも朗らかにしようと、AIに助けてもらって中和しています。というのも最近、私の人生のスケジュール帳に、見出しが太字・赤マーカーで書かれるような出来事が、立て続けに起きまして。まず、娘。かわいいかわいい私の娘ですが、第12章に記載した通り、不登校&不安症のスタンダードコースを絶賛体験中です。そして、東京の実家の母。久しぶりに会ったら、なんかちょっとぼんやりしてる。「あれ?」と思ったのが2年前。今や「介護が必要」という状態になりました。23歳で家を出て以来、東京に住んでいても実家には年イチ帰ればいい方でした。距離感って、大事だなと思っていたからです。でもここ数年は、娘を連れて帰ったり、母がこちらに来たり、会う時間がほんの少し増えていて。そのたびに少しずつ変わっていく母を見て、「ああ、このまま戻らないのかもしれないな」と思っていました。そんな中、2025年4月29日。母方の祖母が亡くなりました。……ということを私が知ったのは、5月3日。両親がふらっと長野に来たそのときでした。「おばあちゃんが亡くなった。明日葬儀らしい」と言う父の向こうで、母はなんとも言えない顔をしていました。あの表情、冷凍食品をそのままお弁当に突っ込んで、お昼には溶けるはずが、私が早弁したばっかりにカチカチだったよと伝えたときの顔に、ちょっと似てました。「俺もようやく聞いたんだ」と言う父を視界に入れながら、私は母に「え、なんで言わなかったの?」と聞いたら、「言わなくていいと思った」と、朝の天気予報みたいなテンションで淡々と言いました。えっ?!私と祖母の関係性を勝手にジャッジして、勝手に報告ナシって、どういう……!?と食い下がると、おきまりの「わかんない」。どこかの国のことわざで「“わかんない”は万能の盾である」ってのがあっても納得します。この「わかんない」という言葉、この2年で言うことが増えました。都合が悪くなると「わかんない」。自分の体調を利用しての言葉なのか、本当に分からないのか、どちらも正解な気がします。そして両親が東京に戻ったその夜、スマホに届いたLINEには——「は」「無さ」たぶん、「話さなくてごめんね」と打ちたかったのでしょう。言葉にできないもどかしさと切なさが感じられました。思い返せば13歳、自分の部屋ができた頃から、母との会話はよく「無線LANが不安定なとき」みたいになってました。つながったかと思えばプツッと切れる。しかもこっちの大事なファイル(=ポケモンカードや渋谷のイケてる服屋のロゴが入った袋など)を、勝手に削除してくる。文句を言うと「いらないと思った」と一言。……いや、それはあなたの基準よね?映画『怪物』や『正欲』みたいに、相手の価値観や大事にしている背景を理解できないままに発する言動が、静かに、でも深く、人を傷つけるんだと、思春期の私はそこで学びました。そういった意味では24年前も今も、母は変わっていないのかもしれません。謝ろうとしているだけ、今の方が話せそうな気さえします。母には「何かを相談する」という概念が、そもそもなかった気がします。いろんな問題に、いつも「私はこう思うから!」という意思表示もなく、突然行動に出る! スパーン!と斬られる。それはもう、草刈り機より鋭く、容赦なかった。優しそうに見えて、すごく頑固。父親や弟になにも相談せずに介護が必要な祖母を実家に連れてきたときもそうでした。その後、介護に疲れて祖母の貯金をちょろまかし、母親の妹と不仲になり、いまではその疲れの残像だけが母をぼんやりさせているようにも思います。私は母とわかり合うのは……正直、諦めています。死ぬまで分かり合えないでしょう。でも、たとえわかり合えなくても、相手を思いやれる――そんな関係で終われるのかもしれません。そんな思いを抱えながら、介護がスタートしつつあります。一緒に住んでいない分、直接的な日常の大変さはありませんが……一緒に住んでいる父親や弟は、いろいろと思うところもあるでしょう。ちなみに、母は検査入院も拒否中。病名もついていません。今はまだ、情報も感情も、まるっと抱えてるだけの状態です。ただ、確実に感じているのは——「不登校×介護×ジョブチェンジ」のトリプルパンチ、なかなかハードってことです。わりと社会課題の見本市です。私たちがどうなるのか、まだ見えていません。でも、ここにひとまず、記しておこうと思いました。そして最後に、こんな私たちからの心からのお願いです。クラウドファンディングのご寄付、お待ちしております!(言うだけはタダですので!笑)少しでも孫のためになったり、私のやりたい何かに繋がったり、誰かの役に立てるなら、こんな話をしても母は許してくれる気がします。読書もわりとする方だった母に、この文章を読んでもらえないのが、また少し切なく感じる夜ですが。






