【ネクストゴール300万円に挑戦】
空気圧人工筋肉など最先端技術を用いたオーダーメイドの補助器具の開発、製作
製作後、人工関節の子どもたちの為に説明会や完成した補助器具を実際に体感してもらうイベントを開催する為の費用、300万円に挑戦中!
多くのご支援ありがとうございます!最先端の空気圧人工筋肉を用いた補助器具開発で終わりではなく、これをモデルに同じ境遇の人工関節の子どもたちの為に発信・そして実際に体感してもらいたい!その為の会場費や活動費を追加してネクストゴール挑戦中!
コルセットやサポーターをはじめ、アシストスーツや人工筋肉製品などを開発・製造・販売しておられるダイヤ工業株式会社様が全面的なサポートが決定いたしました!!
詳しい会社概要は下にスクロールしてください!!
プロジェクト概要
小学5年生の冬に骨肉腫と診断され、肺への転移はあるのか?足を切断しないといけないのか?人工関節での治療を進めていくのか?などあらゆるリスクと選択をせまられた、ごく普通の小学6年生です。先生には今後、走ったり・激しい運動はできないと伝えられ、ひどく落ち込んだが、今は前向きに奮闘中!
人工関節をいれた足でも走ることが出来たり、激しい運動ができる補助器具を開発して、運動ができる事を目指し、クラウドファンディングに挑戦します。
1.はじめに
母はパート、父は自営業でありますが、周りの子と変わらない、ごくごく普通の家庭に生まれた私。
私、両親、姉の4人家族。
両親の勧めで小さい頃は水泳や体操を習い始め、とても運動が大好きだった。
小学1年生になった私は母親の紹介で姉妹で空手を習いにいく
小学2年生の時には友達にソフトボールの体験を勧められて、姉と二人で体験練習会へ
意外に姉の方が乗り気ではあり、わたしはチームのユニフォームがカッコよく、着たいとの思いで、二人とも町のソフトボールチームに加入

大好きなソフトボール

厳しく、楽しい空手
2.100万人に一人の難病『骨肉腫』と診断され (作文 父親)
2024年冬、娘はいつも通りソフトボールの練習を終え、お風呂に入り、リビングでくつろいでいると『パパー足が痛い』と右足に違和感と痛みを言ってきた。今までよく経験していた筋肉痛かなと思って、その日は様子をみてみようと就寝させた。
翌日も翌々日も足に痛みがあった為、再度、次女が私たちに報告
2024年12月17日
長引く痛みに妻はさすがに『おかしいと思い』町の整形外科クリニックに予約をいれ、私(父親)と一緒に診療する
先生は念のためにレントゲンを撮りましょうとレントゲンを撮る
レントゲンの結果、先生は少し影があり
これも念のために今度は専門の病院でMRIを撮りましょうとなった
2024年12月23日 専門の病院でMRIを撮る
2024年12月25日 夜遅くにもかかわらず、町の整形外科の先生から私(父親)に電話があり、明日、来れますか?
私はこの時、なんだか嫌な感じがした
2024年12月26日 町の整形外科で診断結果を聞く
クリニックに私、長女、本人と3人到着し、受付をして暫くすると、看護師の方から『お父さん、ちょっと』と私だけ呼ばれ、子供たちとは離れた通路の端の所で看護師さんと2人での会話をする
この時、昨日、私が感じた嫌なものは確信になった
とっさに『やばいんですか?』と焦るように、なんの確信もないまま私は言った
『まだ、はっきりとわからないのですが、診断結果はお父様お一人で聞かれますか?それとも娘さんと一緒に聞かれますか?』と冷静な看護師さん
はっきりとわからないのに、端でこんなコソコソと話すという事は
ほぼほぼ、確定している危ない病気なんだろうなと感じた
私は『私、一人で聞きますと』看護師さんに伝えた
離れた通路から後ろを振り返ると長女と一緒に楽しく話している次女が見えた
私はいつも通りな感じを装い、椅子に座って、スマホでとっさに『こども 膝 影 病気』と検索した
すると『骨肉腫』の文字が多くあった・・・恥ずかしながら初めて聞いた病名だった
タッチして、詳しく調べてみると
『いやいや、あかんあかん、まさか、それはさすがにないやろ、100万人に一人の病気 ならないやろ』と
サイトに書かれてた内容をまだ正式な診断をされていないのに目を逸らすような気持ちになった
ほどよくして、看護師さんに呼ばれ、診察結果を妻(ビデオ通話)と一緒に聞く
『骨肉腫ですか?』と聞くと
先生は『現状では正式な病名はわかりません。いろいろな可能性があります。明日の12月27日に阪大でもっと詳細な検査をして、診断結果をお聞きください』『運動はやめて、安静にしてください』との事
子どもたちの元へ戻り、またいつも通りな感じを装うが、そわそわしてしまう。
次女には『明日、もっと詳細な検査をしに行くからと、それと運動は控えた方がいいから当分、空手とソフトボールはお休み』と軽く伝えた
次女は『わかった』と言い、それだけだった。
そんないつも通りの次女とは違い、わたしは仕事中に妻に連絡
診察結果・子供たちの今の様子・明日の事・万が一、骨肉腫だった場合の事などを話した
12月27日 阪大にて『骨肉腫』と診断
午前中から妻と次女は二人で検査の為、阪大へ、午後すぎ妻からLINE『だめだった、骨肉腫』
聞きたくない言葉だったが、ある程度、覚悟はしていた
覚悟はしていたが、これから次女に待ち受ける過酷な抗がん剤治療の副作用や手術・リハビリを考えると胸が苦しくなった。普段泣いたりしない私も誰かに病状やこれからの事を電話で説明している時に感情がおさえきれなくなった。そんな私の感情はさておき
一番の問題は肺に転移していないか
実際のレントゲン写真
ここで改めて『骨肉腫』ってどんな病気?
骨肉腫は成長期である10歳代の四肢、特に膝関節周辺に好発する悪性腫瘍です。 原因は不明ですが、成長期である10歳代に最も多く全体の60%を占めることから、骨成長の速さと骨肉腫の発症の関連性が提唱されています。 発症部位は約70%が膝関節周囲で大腿骨遠位端、脛骨近位骨幹端、次に10%が上腕骨近位骨幹端です。
(症状)
骨肉腫は、発生した部位の痛みと腫はれが最初の症状です。一部の患者では腫瘍が発生した骨の骨折(病的骨折)が生じる場合もあります。また、まれですが、骨盤や背骨に発生した場合は、表面から腫れが分かりにくいため、診断がつくまでに大きくなっていたり、麻痺まひが出るまで気がつかなかったりすることもあります。
(原因) 不明
(治療)
生検後は直ちに化学療法を行い、腫瘍の縮小を図ります。画像検査では転移が認められない症例であっても、潜在的には腫瘍細胞が全身に存在するといわれているため、直ちに局所治療としての手術療法を行うのではなく、全身治療としての化学療法(術前化学療法)を行うことが最優先となります。
術前化学療法を行った後に、画像での効果判定を行い、腫瘍摘出と共に患肢温存を目的とした人工骨(関節)置換術が行われることが一般的です。摘出腫瘍の病理学的壊死率によって予後予測がなされ、術後化学療法の強度が決定されます。
治療期間はおおむね1年間です。
難しい事もかかれておりなすが、次女の骨肉腫を要約すると
(病名) 右ひざの骨肉腫(小児がん)
(症状) 筋肉痛から始まり、発見が遅いと骨折する。骨折したときに骨肉腫と診断される場合がある
(原因) 不明
(治療)(抗がん剤治療3カ月)+(手術・リハビリ2ヵ月)+(抗がん剤治療・リハビリ7カ月)
約1年間の入院
手術で膝の周りを切除して人工関節をいれる
(生存率) 5年生存率は70~80% 昔は不治の病と言われていた
(問題)
・発見が遅いと腫瘍が大きくなり骨折し、肺などに転移する場合があり、肺に転移するとステージによっては治療が難しくなる
・筋肉や血管に腫瘍がからまると最悪の場合、切断になる
・人工関節をいれた場合、激しい運動や全力で走ったりする事は難しいとされている
続き
12月27日に『骨肉腫』と診断されました。緊急入院・緊急手術なのですが、年末年始もあり翌年1月6日に入院、1月7日に手術(検査手術、細胞を採る手術)それまでは自宅にて待機、足が骨折しないよう車椅子での行動
ここで一番気がかりなのが、肺に転移していないかの確認。それがわかる検査が1月6日。
ようするに年末年始は肺に転移していないか不安を抱えたままの絶対安静での生活 ずっともやもやした気持ちでの毎日
1月6日から始まる約1年間の入院生活
それまでの8日間、妻と話し合い、落ち込んでても仕方ないし、いつも通り楽しい年末年始をしよう
それから約1年間の入院生活が始まった
次女が足が痛いと言ったのが12月初旬、診断してもらい、正式な診断結果を聞いたのが12月27日
たった3週間で事態は大きく変わった
骨肉腫と診断されて(作文 次女)
練習していたら急に足が痛くなってきて、筋肉痛かなと思って、気にせず練習を続けていました。
痛くてもソフトボールでのレギュラー争いであったり、空手の大きな大会がありどっちの練習も休めず、すぐ治るだろうと思い、激しい練習もしていました。
しかし、1ヶ月たっても2ヶ月たっても痛みは治らずお母さんに言いまずは整骨院に行きました。でも、治らず走り方も変だと周りからいわれ、今度は整形外科に行くことにしました。
20時くらいにお父さんに電話があり阪大というおっきい病院に行ってと言われ、お母さんと病院に行くと、看護師さんにお母さんだけいいですか?と言われお母さんだけ話を聞きに行った。
あとから私が呼ばれいくとお母さんが泣いてるのを見てこれはダメだなと思った。先生からの話を聞くと、骨肉腫と診断され残念やけど、運動はもう出来ないかな、約1年入院ですね、と言われても、理解ができず、涙もでなかった。
入院は1月6日からだから、それまでお母さん、お父さん、お姉ちゃん、私の4人で楽しい日々を送った。そして入院生活が始まり、次の日には癌の検査手術とカテーテルを入れた。そして1ヶ月後、抗がん剤治療が始まる。最初は油断してた。でも入れたらとてつもなくしんどいし吐きたくても吐けないのがしんどかった。
この時、やっと事態の大きさをようやく理解した・・・
お母さんが泣いてた事、大好きなソフトボールや空手ができない事、抗がん剤の副作用の事、1年入院する事。
その日の夜はなんで私はここにいるんだろう、家に帰って、学校に行きたい、みんなと遊びたい、ソフトボールしたい、空手したいと感情があふれでました。
骨肉腫と診断されて涙もでなかった私はその日、ずっと泣きました。
その後、抗がん剤治療を4回入れ、副作用である髪の毛も眉毛もまつ毛もなくなり、大好きなお洒落が出来なくなり、ショックだった。
そして、4月15日に器具をいれる人工関節手術をした。手術後痛みどめが入っていたからなのかあまり痛くなかった。でもまだ麻酔が残っていて、すごく気持ち悪かった。2日後、手術後だからか熱もあり、38.7°いくほどの高熱でとてもしんどかったのだが、足が固まってしまうと大変なので手術が終わって2日後にリハビリが始まった。リハビリが終わり、かかとが痛いことに気づき先生に見てもらうとおっきい水膨れができていた、傷口よりそれが痛かった
そして何と言ってもトイレが大変だった。足を曲げると痛いし、かかとも痛くトイレを限界まで我慢してしまうぐらいトイレが嫌だった。また1ヶ月後トイレもなれ痛みも治まってきたが、また抗がん剤が入ってしまう。手術後1回目の抗がん剤はしんどかった。またまたトイレが難しいししんどい。気持ちわるいし痛いしで大変だった。これからもあと五回の抗がん剤とリハビリがつづく。
仲間からもらった、たくさんのお守り
たくさんの千羽鶴
転移はなかったが、抗がん剤の副作用がつらい
1月6日 検査で肺への転移はみつからなかった
1月10日 抗がん剤治療開始
1月19日 PET検査にて全身への転移も見つからなかった

とにかく抗がん剤の副作用がきつい
個人差はあるが、主に倦怠感と吐き気・脱毛の副作用がある
また、朝、深夜かかわらず約3時間に1回トイレに行く
足に負担をかけないようにする為、車いすでの行動
2月~4月中旬まで抗がん剤治療
4月15日人工関節置換術
約3か月の抗がん剤治療が終わり、腫瘍が小さくなり、4月15日に人工関節置換の手術が決定した
ようやく手術の準備が整った
これまでは大きな問題もなく、スムーズに治療も進んでいった
だけど、手術はやはり心配
手術直前の写真
実際の手術後の人工関節のレントゲン
手術後から現在の状況
手術は無事に終わり、現在は経過を見ながら、リハビリ・抗がん剤治療・院内学級を過ごす日々
手術後、全く動かなくなった右足、ゼロではなくマイナスからのリハビリがスタート
リハビリの様子
抗がん剤治療中の点滴 線が多くて厄介 トイレは深夜関わらず3時間に1回
予定では2025年12月に退院予定
補助器具の開発
運動することが大好き、走るのも大好き
不治の病と言われていた骨肉腫
医療の進歩により、人工関節置換術することで助かった命
まだまだ諦めたくない、もう一度全力で走りたい、運動したい
そんな思いから走る事のできる補助器具の開発に向けて今回、クラウドファンディングを実行しました
開発した補助器具を実際に装着し、記録をとり、改善し、よりよい器具になるよう挑戦したい
AI生成イメージ画像
補助器具開発を全面的にサポートしていただける会社様が決定!
ダイヤ工業株式会社
岡山県岡山市南区に本社を構える ダイヤ工業株式会社(Daiya Industry Co., Ltd.) は、1963年創業の医療用品メーカーです。コルセットやサポーターをはじめ、アシストスーツや人工筋肉製品などを開発・製造・販売しており、特に接骨院・整骨院向けに高いシェアを誇っています。お客さま一人ひとりの「健康のその先にある楽しみ」を提供するため、日々製品開発に励んでいる会社です。
ホームページhttps://www.daiyak.co.jp/

会社概要
設立:1963年4月
従業員数:107名(うちパート7名含む)
住所:〒701-0203 岡山県岡山市南区古新田1125
代表取締役:松尾浩紀
R&Dセンター
ダイヤ工業は科学的根拠のある医療用品を開発するために、計測・解析できる施設を設けております。運動器にアプローチする製品は、利用する施術現場の先生方、患者さまにとって信頼のおけるものでなければなりません。求められるのは、施術やケア、サポートに役立つための根拠です。ダイヤ工業は徹底的な科学的検証によって、根拠のある製品を開発しています。詳細はこちらhttps://www.daiyak.co.jp/company/rd-center.html
空気圧人工筋肉
退院した後にやりたい12の事
①開発した補助器具での実走
②ソフトボールチームに戻って仲間と会いたい!バッティングともう一度ピッチャーをしたい
③もう一度、空手の仲間に会って、試合にでたい
④家族でディズニーランドに行きたい
⑤行けなかった修学旅行を友達と行きたい
⑥UFOキャッチャーを1万円分したい
⑦友達だけでショッピングモールに行きたい
⑧沖縄のマジックショーをもう一度見たい
⑨推奨されてるスポーツ ゴルフを挑戦し、家族や友達とラウンドしたい
⑩今まで食べれなくて我慢してた生野菜・お刺身・納豆・貝類をたくさん食べたい
⑪小児がんの子供たちの為に寄付やボランティア活動をしたい
⑫普通の生活がしたい
リターンについて
・もう一度走りたいTシャツ
『I want to run』と『小児がん啓発 childhood cancer awareness』をデザインしました。

・大好きなソフトボールTシャツ
『ソフトボール SOFTBALL』と『小児がん啓発 childhood cancer awareness』をデザインしました。

・厳しいけど楽しい空手Tシャツ
『空手 KARATE』と『小児がん啓発 childhood cancer awareness』をデザインしました。

・これから挑戦しようと思うゴルフ 人工関節でもできるスポーツポロシャツ
『ゴルフ GOLF』と『小児がん啓発 childhood cancer awareness』をデザインしました。
・【イベント招待】 開発した補助器具を装着し、『走る』お披露目会
支援していただいた皆様と一緒に走るお披露目会を開催します
開催場所は大阪の予定ですが、時期はまだ未定となります
実際に皆様とお会いできることも楽しみです
・直筆での感謝のお手紙
お一人お一人感謝を込めてお手紙を書きます。
共通点やがんばっている事、なんでもいいので簡単な自己紹介文あればうれしいです。
・走る補助器具スポンサー枠+もう一度走りたいTシャツ×小児がん啓発
走る補助器具にスポンサー名を印刷します
運動時にはこれを装着いたします。
また、運動時に着るTシャツの背面に支援していただいた方のスポンサー名を記載します。
リターン一覧(すべて郵送料込み) | |
| お気持ち①メッセージ | 1,000円 |
| お気持ち②メッセージと動画 | 3,000円 |
| もう一度走りたいTシャツ×小児がん啓発 childhood cancer awareness | 5,000円 |
| 『大好き』ソフトボールTシャツ×小児がん啓発 childhood cancer awareness | 5,000円 |
| 『厳しいけど、楽しい』空手Tシャツ×小児がん啓発 childhood cancer awareness | 5,000円 |
| 『これからの挑戦』ゴルフポロシャツ×小児がん啓発 childhood cancer awareness | 7,000円 |
| 【イベント招待】 開発した補助器具を装着し、『走る』お披露目会 |
5,000円 |
| 直筆での感謝のお手紙 | 10,000円 |
| 走る補助器具スポンサー枠+もう一度走りたいTシャツ×小児がん啓発 | 50,000円 |
7.スケジュール
6月クラウドファンディング開始→9月クラウドファンディング終了→10月~補助器具打合せ・開発→11月上旬リターンTシャツ随時発送→2026年5月補助器具にて試作走行お披露目会
※支援状況に応じてリターン送付に時間を要する場合がございます。
8.資金の使い道
◎補助器具開発費:約60万円
◎CAMPFIRE手数料(17%+税):約20万円
◎リターン用Tシャツ製作代:20万円
合計:100万円
目標を超えた達成金額については
更なる高度な補助器具の開発に充てさせていただきます。
9.最後に
毎日、優しく診療してくださる外科・小児科のお医者様・点滴の交換や楽しく接してくださる看護師さん・これから歩ける為の指導をしていただくリハビリの先生・遊び道具や生活を楽しく考えてくれる生活の先生・食事を管理してくれる栄養士さん
1つのチームとなってサポートしてくれる事に感謝しています。
もちろん家族や友達にも感謝しています
『いつもありがとうございます』
応援のほど、よろしくお願いいたします。
※補助器具やリターン商品に関して何か良い提案ありましたら、お気軽にメッセージください
最新の活動報告
もっと見る現在の状況とリターンの遅延および活動報告に関する重大なお詫びと、今後のスケジュールについて
2026/06/19 17:25いつも次女と私たちのプロジェクトを温かく応援いただき、誠にありがとうございます。本来であれば、昨年12月までに皆様へリターン(オリジナルプリントTシャツ・ポロシャツ)をお届けし、10月より毎月活動報告を行うべきところ、ご連絡ができておらず、大変長い間ご心配とご迷惑をおかけしました。心より深くお詫び申し上げます。遅延の理由は、すべて私(父)の責任にあります。皆様の温かいお気持ちとご支援を裏切るような形になってしまい、深く反省しております。申し訳ありませんでした。今になっての活動報告になりますが、簡単になってしまいますが、退院してから現在までの状況を報告させていただきます。10月 【活動報告】昨年10月の進捗:ダイヤ工業様への訪問と器具の体験10月は、本プロジェクトの要である補助器具の開発に向けて、大きな一歩を踏み出すことができました。サポーターや、農業などをされる方向けのアシストスーツ・補助器具などを数多く開発されている、岡山県の「ダイヤ工業株式会社」様へ訪問させていただきました。【10月の主な活動内容】 ダイヤ工業様への訪問:医療用品や労働軽減サポーターのトップメーカーであるダイヤ工業様を訪ね、人工関節でも走ることができる器具の開発についてお話をさせていただきました。 補助器具の実際の体験:会社で開発されている様々なサポーターや、農業用のアシスト器具などを実際に体験させていただきました。最先端の技術に触れ、体が動くのをサポートする仕組みを肌で感じることができ、今後の器具開発に向けて非常に貴重なヒントとインスピレーションをいただきました。 娘の様子:最初は緊張していた次女でしたが、ダイヤ工業の皆様が会社全体で本当に温かく迎えてくださったおかげで、終始安心して社内を回り、体験を楽しむことができました。 技術力だけでなく、心から寄り添ってくださる皆様との出会いに、家族一同深く感動し、改めて「絶対にこのプロジェクトを成功させ、次女を走らせてあげたい」と強く決意した1ヶ月となりました。ダイヤ工業の皆様、温かいお時間を本当にありがとうございました。11月 【活動報告】ソフトボールへの復帰と、心強いガードサポーターの完成 ソフトボールへの軽い復帰:次女が大好きなソフトボールの練習に、少しずつですが復帰することができました。グラウンドに立つ娘の姿を見ることができ、胸がいっぱいになりました。 ダイヤ工業様特製のガードサポーターが完成:復帰のタイミングに合わせて、10月に訪問したダイヤ工業様が、次女の右ひざを守るための特製ガードサポーターを制作してくださいました。このサポーターのおかげで、万が一ボールが飛んできてもしっかりと膝を守ることができ、本人も安心してプレーに集中できるようになりました。 地元開催の「弘伸カップ」への出場:地元で開催された女子ソフトボール大会「弘伸カップ」に出場いたしました。 ガードサポーターを装着 岡山からの心強い応援:当日はなんと、ダイヤ工業の吉岡さんと大野さんが、岡山からわざわざ会場まで応援に駆けつけてくださいました。遠方から足を運んでくださったそのお気持ちが本当に嬉しく、次女だけでなく家族全員が大きな元気をいただきました。 皆様のご支援、そしてダイヤ工業の皆様の温かいサポートのおかげで、娘は再び大好きなスポーツを楽しむ一歩を踏み出せました。心より感謝申し上げます。12月 【活動報告】本格的なリハビリ開始と、JDリーガー貴重なソフトボールの体験 医学的な定期検査とリハビリの開始:大阪大学医学部附属病院(阪大)での定期的な検査と診察を受けました。おかげさまで【再発や転移などもなく順調】との診断をいただき、家族一同、ホッと胸をなでおろしております。この結果を受け、未来へ向けて本格的なリハビリテーションを開始いたしました。 12月13日「ソフトボールを楽しむ会」への参加:「ソフトボールを楽しむ会」に参加しました。娘にとって最高のエネルギーとなりました。 12月29日 JDリーガー柴田日奈乃選手との合同練習:年末の29日には、なんと女子ソフトボール最高峰「JDリーグ」で活躍される柴田日奈乃選手(NECプラットフォームズレッドファルコンズ)と一緒に練習をさせていただく機会に恵まれました。トップアスリートの方から直接指導を受け、間近でプレーを体感できたことは、次女にとって今後の大きな糧となる、非常に貴重で夢のような経験となりました。 1月 【活動報告】発症から1年の節目と、公式戦でのグラウンド復帰 骨肉腫の発症・入院から1年を迎えて:思い返せば、昨年の1月7日に大阪大学医学部附属病院(阪大)に入院しました。医師から「骨肉腫」という診断名を聞かされたときは、本当に家族全員の頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になったことを今でも鮮明に覚えています。それから1年、皆様の温かいご支援のおかげで、娘は今、前を向いて歩んでいます。 大好きだった空手の練習見学へ:入院する前、ソフトボールと同じくらい大好きだったのが「空手」でした。今月は、現在も空手を続けてがんばっているお姉ちゃんの練習を、久しぶりに見学しに行くことができました。道場の熱気に触れ、懐かしい仲間の姿を見て、次女もたくさんの刺激をもらったようです。 骨肉腫になる前の空手の大会の様子 1月11日・18日「泉佐野市長杯」への出場:地元の公式戦である「泉佐野市長杯」に出場いたしました。11日の予選リーグをなんとか突破し、18日の決勝トーナメントへ進出。結果は惜しくも敗れてしまいましたが、チーム一丸となって素晴らしい戦いを見せてくれました。 ファーストとして守備に出場:次女はまだバッティング(バッターとしての出場)はできませんでしたが、今回は【ファーストの守備】としてスターティングメンバーでグラウンドに立ちました。人工関節の手術からここまで回復し、公式戦の舞台で仲間と一緒に守り抜いた姿に、感動をもらいました。 2月 【活動報告】最後の大きな公式戦「だんじりカップ」への挑戦 2月21日・22日「だんじりカップ」への出場:関西一円から数多くの実力派女子ソフトボールチームが集結する大規模な大会「だんじりカップ」に出場いたしました。この大会は予選リーグの勝敗によって、その後の決勝ブロック(トーナメント)がクラス別に細かく振り分けられる、非常にレベルの高い大会です。去年度では次女の姉の年代が一番上のブロックで優勝しており、連覇を目指して挑みました。 チーム一丸となって戦い抜いた結果:強豪ひしめく予選の中で全員で全力を尽くしましたが、惜しくも目標としていた一番上のトップブロックへ進むことはできませんでした。しかし、メンバーが一球一球に集中し、お互いを声を掛け合いながら最後まで諦めずに戦い、進んだブロックでのブロック優勝をなしとげました。素晴らしかった。相手チームの了承も得て、バッターとして出場もはたしました。 次女の成長と感謝:病気が発覚した当時は、またこうして関西中のチームが集まる大舞台にユニフォームを着て参加できるとは想像もしていませんでした。人工関節を抱えながらも、仲間と同じ緊張感を味わい、同じ悔しさや喜びを共有できたことは、次女の人生にとってかけがえのない財産になりました。 3月 【活動報告】小学校の卒業と、最後の「お別れカップ」 3月15日「お別れカップ」への出場:地元で開催された「お別れカップ」に出場いたしました。小学生として、そしてこれまで苦楽をともにしてきた現在のチームメイトと一緒に公式戦に出場するのは、これが本当に最後となります。病気を乗り越え、最後まで大好きなソフトボールを仲間とやり遂げることができたこと本当にホットしております。 ソフトボール卒団式:チームの仲間、指導者の皆様、そして保護者の皆様がずっと温かく待っていてくれました。卒団証書を受け取る娘の姿、そして仲間たちと涙を流しながら感謝を伝え合う姿に、胸がいっぱいになりました。最後までこのチームの一員としてやり遂げられたことは、娘の人生の大きな誇りです。 小学校の卒業式:無事に小学校の卒業式を迎えることができました。昨年1月に骨肉腫の診断を受け、一時は学校に通うことも難しかった時期を乗り越え、こうして元気に自分の足で卒業証書を受け取る姿を見られたことは、家族にとって奇跡のような瞬間でした。支えてくださった学校の先生方や、温かく見守ってくれたお友達には感謝の気持ちでいっぱいです。 4月から中学生へ:この春から、次女は中学生へと進学いたします。新しい環境、新しい生活が始まりますが、病気に負けず、前を向いて一歩ずつ歩んでいきます。 4月~5月 【活動報告】現在の状況とこれからの事現在の状況について報告いたします 4月上旬:定期検査での予期せぬ診断: 卒団式から数日後、阪大にて、定期的な整形外科の検査と診察を受けました。当初の予定では、ここからも順調にリハビリを重ね、5月には皆様へ「人工関節用補助器具のお披露目会」を開催する計画で進んでおりました。しかし、レントゲンを確認した主治医の先生から、「リハビリは一度、やめておきましょう。これからの2ヶ月間は、極力運動を控え、なるべく歩かないようにして、安静に過ごしてください」 骨と人工関節の接着が想定よりうまくいっていないとの事でした。このままの状態でいくよりも一旦、安静にし、接着面を強固にしようとの事です。 運動をさせすぎたのかもしれないと家族反省しております。 リハビリの一時中断とお披露目会の延期: 先生の指示に従い、5月に予定していた器具のお披露目会は一度延期とし、この期間はとにかく足を休め、安静に過ごすことに専念いたしました。5月のお披露目会を楽しみにしていただいてた方、本当に申し訳ありません。重ねて、報告が今になってしまった事、本当に申し訳ありません。 次女の現在の様子:次女は地元のソフトボールチームのエンジョイ部門に入るかどうか悩んでおりましたが、先生の診断により、現在は安静の為、それは一旦断念することになりました。今はドラムやゴルフにも興味があるようです。今まで週末は空手・ソフトボールの時間だったので、暇な時間はあまりなかったのですが、たまに友達とでかけたりしています。本日6月19日、阪大にて内科の検診と診察がありましたが、再発・転移もなく、問題はありませんでした。次回、8月7日検査があり、8月14日に阪大にて整形外科での診察があります。そこでの診察結果で今後のスケジュールが決まりますので、補助器具のお披露目会はもうしばらくお待ちください。改めまして、今さらの報告で本当に申し訳ありません。娘の闘病を支える中で、本来なら父親である私がしっかりとしなければならないところ、精神的に病んでしまい、ただただ申し訳なく、深く反省しております。すべて私の責任です。今後のリターン発送、およびこれまでの活動報告について、以下の通り進めさせていただきます。Tシャツ・ポロシャツ 6月末日発送補助器具お披露目会 10月~12月予定スポンサー様名入れ補助器具・Tシャツ 10月~12月予定 もっと見る活動報告できなかったお詫びになります
2026/06/01 09:03支援者の皆さまへ長い間、活動報告ができておらず、本当に申し訳ありません。応援してくださっているにも関わらず、状況をお伝えできなかったことを深く反省しています。本来であれば、進捗や状況を随時ご報告すべきところ、私(父)の不手際により長期間ご連絡が滞ってしまいました。ご支援くださった皆さまにご不安やご心配をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。深く反省するとともに、今週末にこれまでの事・現在の事・これからの事を報告させていただきます。改めて、温かいご支援に心より感謝申し上げます。引き続き見守っていただけましたら幸いです もっと見る
9月活動報告になります!
2026/02/12 17:52今更になってしまいますが、活動報告が何かしらのトラブル(現在まだ調査中)でアップされていなかったため、再度、投稿いたします。いろいろ心配してくだっていただいた方、本当に申し訳ありません。また、娘は退院し、現在は良好ですので、今からの投稿を読んで勘違いなさらないでください。2025年9月4日退院の日を迎えた。本来12月退院予定であったが、早期退院の理由は6月23日に点滴した『メトトレキセート』の副作用の影響で、これ以上、抗がん剤の治療を続けると、腎臓にかなりの負担がかかり、最悪の場合、人工透析になる危険性があるからだ。がん細胞の死滅率も気になるが、腎臓へのリスクを比べ、今回は退院との先生たちの判断にとまどいはしたが、納得した。これからの定期検査が重要になってくる。また、この日は岡山県の補助器具を製作してくれるダイヤ工業様との初めての面談の日でもあった。営業・企画担当の吉岡さんと開発担当の大野さん。二人とも若い方たちで非常に好印象であった。右膝を守るサポーターを持ってきてくださり、さっそく次女に装着してみた。次女は人見知りなので、恥ずかしそうに説明を聞き、バッティングフォームをした。これなら右膝はボールが当たっても、大丈夫かもしれない。まずは走る補助器具ではなく、右膝を守るサポーターの開発これを右膝にまいて空気をいれてガード面談の話の流れは抗がん剤の副作用で今現在、骨と人工関節がくっつきにくいので、安静に行動すること。骨と人工関節がくっつくのに約3か月の11月下旬。11月30日に開催される数日前にサポーターを送付し、弘伸カップに2人とも様子を見に来てくれるそうです。ありがとうございます。2025年9月17日退院して以来、初めての小学校への登校当分は車での送り迎えが必須となる、学校では車いすの使用となる。2週間ぐらいは次女のサポートとして親の同伴での授業となる。次女もかなり緊張していたが、裏門にはクラスの仲の良い友達たちが出迎えてくれた教室に入ると黒板びっしりにメッセージもかかれていた先生・クラスの皆、ありがとう!2025年9月27日入院していた病院からのお声がけでガンバ大阪VSアルビレックス新潟戦の試合に招待されました。これは認定NPO法人キャンサーネットジャパンが運営されております、小児がん、AYA世代のがん・啓発・研究推進プロジェクト「レモネードスタンド ジャパン」というイベントになります。https://www.lemonadestand.jp/地元箕面出身のガンバ大阪の選手 林 大地選手からいただいたユニフォーム着て応援しました試合はガンバ大阪が4-2で逆転勝ち羨ましい、見たかった!9月の報告は以上となります今後ともどうぞよろしくお願いいたします もっと見る




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