
こんにちは、横山です。
今回の神社レポートは福岡県福岡市東区の「香椎宮」です。




香椎宮は元々神社、ではなく仲哀天皇の『廟(お墓)』だったんですね。
椎の木が香るお宮、は仲哀天皇の棺から来ていたとは!!
神功皇后の三韓征伐の頃の筑紫国の姿が浮かんできました。
そして調べていて驚いたのはもう一つ、「軍艦香椎」の書籍では爆撃で沈没してしまった香椎の軍艦で生き残った数少ない方々の声も掲載されているのです。
それは決して感傷的になるのではなく淡々と事象を話しているのがとても不思議で印象的でした。
泳ぎ切る体力があったから生き残ることができた、、、今では考えられない何大抵の体力ではないことが伺えます。
こうした記録に出会えたこと、本当にありがたいことと思います。
仲哀天皇までは実在していたかは確定されていませんが、これだけのことを知ると「存在していたのでは、、、」と思うのです。
もちろん真実は一つしかありませんし(コナン君か?!笑)、様々な見方があるとは思いますが、私が思うのは「神社があること」が歴史そのものだということです。
そしてその神社を護ってくださっている神職さまのおかげでこれからも受け継がれ、引き継がれて行くのです。
「神話は嘘だよ」とか「これが真実」とか聞きます。実際そうなのかもしれません。
ただ私は歴史を護ってくださっている神社のことを調べていて、神社さまに確認もお願いしているので「これでいい」と思っています。
話が少し逸れたついでと言ってはなんですが、こうした様々な見方について以前、瀬田玉川神社の高橋禰宜さまにお聞きしたことがあります。
その時にお答えいただいたのは
和を以て貴しとなす
というお言葉でした。西暦604年に 聖徳太子 が制定した『十七条憲法』の第一条に記されている言葉です。
人々が互いに仲良くし、争いを避けて協調することを最も大切な価値とする考え方を意味する言葉です。
これこそが日本人の心にある想いではないでしょうか。高橋禰宜さまから聞いた時、心が震えました。
私も大事にしよう、と心に強く思いました。
近く高橋禰宜さまの本を紹介させてください。これが本当に素晴らしいのです。
お楽しみに☆
最後までお読みいただきありがとうございました。





