
レシピが完成し、最初の300本のシロップが出来上がったとき。
正直なところ、「売れる」という確信はありませんでした。
ただ、自分がアフリカで感じた面白さや感動を、誰かに伝えたい。
その気持ちだけはありました。

まずはローンチのイベントで大正時代の建物で文化遺産にも指定されている「きんせ旅館」と神田の施設でイベントを実施しました。そのあとも、イベントに持っていき、知り合いに飲んでもらい、イベントに出店する。地道に、一杯ずつ手渡してくことを繰り返していきました。

すると不思議なことに、「アフリカってこんなイメージじゃなかった」「美味しい」「もっと話を聞きたい」と言ってくれる人が少しずつ増えていったのです。最初はボランティアでアフリカに人を連れて行って欲しいと連れて行った人から、仕事にした方がいいと言われ一生懸命に勉強をして旅程管理取り扱い責任者の資格も取得して会社を旅行代理店にもしました。

AFRICA COLAは、コーラを売っているようで、実はアフリカとのつながりや入口を売っていたのかもしれません。コーラをきっかけに会話が生まれ、アフリカの話になる。
それが何より嬉しかったのを覚えています。
そして気づけば、一人ではなくなっていました。



商品開発やデザインに力を貸してくれる人。
取引先を紹介してくれる人。


六本木ヒルズのAFRIKA ROSEで提供していただいたり、伊勢丹や高島屋の催事で取り扱っていただいたり、北は北海道、南は沖縄まで全国のクラフトコーライベントに呼んでいただきました。

最初の300本を発注するときは震えていたのに、いつの間にか全国各地で飲んでもらえるようになっていました。
もちろん順風満帆だったわけではありません。在庫を抱えたり、売上に悩んだり、「本当に続けられるのだろうか」と不安になることも何度もありました。
それでも続けてこられたのは、AFRICA COLAを通じて出会った人たちがいたからです。

ニジェールの村で差し出されたコーラナッツ。
タンザニアの山で出会ったスパイスたち。
そして、これまで支えてくれた仲間たち。
そのすべてが繋がって、今のAFRICA COLAがあります。
次回は、なぜ私たちが利益度外視とも言える挑戦をしてまで缶を作ろうとしているのか。
「缶に挑戦する理由編」をお届けします。



