
「旅の指さし会話帳 東ティモール」著者(翻訳・文法)の松村優衣子です。
今回のプロジェクトの目的は、東ティモール版の会話帳をつくるということが主ですが、それと同時に東ティモールそのものを知ってほしいという思いもあります。そこで、応援メッセージをくださった方には現地で活動する方が多いことから、ミニインタビューを行うことにしました。
日本語講師の丹羽千尋さんは、東ティモールが独立して間もない頃から当地で様々な活動をされてきた方で、現在はボランティアとして日本語教育に尽力されています。たくさんの日本語学生に慕われ頼りにされている丹羽さんに、その活動に懸ける思いを改めて伺ってみました。
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プロフィール:
2005年~2008年、東ティモール東部のロスパロスにて、日本のNGOの駐在員として勤務。その後、引き続き東ティモールにてNGOや日系企業の仕事、またフリーで通訳などの仕事に従事。2019年から、東ティモールの首都ディリにあるローカルNGO、ケサディップ・ルアク・センター(CQR)の日本語コースにて東ティモール人の若者に日本語を教える。
・どのような活動をされていますか?
2019年から、首都ディリにあるローカルNGO(ケサディップ・ルアク・センター、CQR)が運営する日本語コースで東ティモール人の若者に日本語を教えています。学生の年齢層は18歳~35歳くらい、無職の人が多いですが、大学生や社会人もいます。
学生の日本語学習の動機は様々ですが、技能実習志望者が最も多いです。まだまだ産業が発展途上の東ティモールでは雇用が少なく就職が難しい為、海外へ出稼ぎに行き家計を助けたいと考える若者が多いです。
弊コースでは、これまでに約30名ほどの学生を日本へ送り出しました。技能実習、公益財団法人オイスカの農業研修、外務省のジェネシス・プログラム、国際交流基金の日本語学習者向け研修などです。

・活動をはじめたきっかけは何ですか?
CQRの日本語コースは一人の日本人大学生が始めたもので、彼が帰国する際、後任として教えられないか?と依頼を受けたのが始まりでした。
当時は技能実習生派遣の見通しも立っておらず、東ティモール人が渡日する機会はごく僅か。在留邦人も少なく、東ティモール人が日本人と交流したり日本語を使う機会はほとんどありませんでした。そんなわけで私自身は東ティモール人が日本語を学ぶ意義が良く分からず、日本語教育に興味を持ったこともありませんでしたが、短期間のつもりで引き受けました。
しかし実際に教えてみて、学生たちの熱意に触れると彼らがすっかりかわいくなり、あっという間に日本語を教えるということに夢中になり今に至ります。
・どのような想いで活動をされていらっしゃいますか?
私自身は就職にいちばん役立つのは英語だと思っており、特段日本語学習をおすすめしているわけではありません。また、オーストラリアや韓国などへの出稼ぎの道もある中、誰にとっても日本がベストだと考えているわけでもありません。ただ、私自身がテトゥン語というマイナー言語を学んだことで色々な機会に恵まれたように、皆がメジャーな道を志さなくとも日本語を勉強する人がいてもいいね、というスタンスです。
とはいえ学生たちがゼロから始めた日本語でやりとりができるようになったり、良いチャンスを掴む姿を目にするのは私にとっても大きな喜びです。どの言語を学びどの国へ行っても、彼らが夢を叶え、健康で幸せでありますよう願っています。

・最後に、改めて応援メッセージをいただいてもよろしいですか?
外国語を学んだり旅をする中で異文化に触れ、異なるものを受け入れ、他国の人との間に友情を育むこと。長い目で見ると、これも平和の礎になっていると思います。
『旅の指さし会話帳 東ティモール』が、従来の東ティモール関係者の輪を超えて、例えば初めて東ティモール人実習生に接して戸惑っている日本の企業の方などの助けにもなり、日本国内の異文化共生も深まる一助となったら嬉しく思います。
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日本語学生一人ひとりの人生に心を寄せて活動に取り組んでいらっしゃることが大変伝わってきました。私は仕事を通じて丹羽さんの日本語教室と関わらせていただいていますが、ある時、日本への渡航のチャンスをつかんだ学生を抱きしめ、心から喜ぶ丹羽さんの姿を目にしました。そのとき、学生たちが学びを続けてこられた理由はここにあるのだと感じました。丹羽さんの想いは、間違いなく学生たちに届いています。今回のクラファンを通して、その素晴らしい活動を多くの方に知っていただけたことを嬉しく思います。
最後に、貴重なお話を聞かせてくださった丹羽さんに心より御礼申し上げるとともに、今後ますますのご活躍をお祈りいたします。




