崩壊寸前の老舗食堂を救え! 〜100年の昭和遺産を未来へ。祖父と孫の挑戦〜

創業100年、国の登録有形文化財に指定された老舗洋食店「パリー食堂」が危機に瀕しています。耐震診断で明らかになった崩壊の危険性。修繕費用は4,000万円。昭和の記憶が息づく「地域の記憶装置」を未来に残すため、クラウドファンディングに挑戦します。どうか皆様のお力をお貸しください!

現在の支援総額

16,610,000

41%

目標金額は40,000,000円

支援者数

1,529

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/10/16に募集を開始し、 1,529人の支援により 16,610,000円の資金を集め、 2025/12/30に募集を終了しました

崩壊寸前の老舗食堂を救え! 〜100年の昭和遺産を未来へ。祖父と孫の挑戦〜

現在の支援総額

16,610,000

41%達成

終了

目標金額40,000,000

支援者数1,529

このプロジェクトは、2025/10/16に募集を開始し、 1,529人の支援により 16,610,000円の資金を集め、 2025/12/30に募集を終了しました

創業100年、国の登録有形文化財に指定された老舗洋食店「パリー食堂」が危機に瀕しています。耐震診断で明らかになった崩壊の危険性。修繕費用は4,000万円。昭和の記憶が息づく「地域の記憶装置」を未来に残すため、クラウドファンディングに挑戦します。どうか皆様のお力をお貸しください!

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支援者の皆さま、

そしてこのページをご覧くださったすべての皆さまへ。

このたびは、パリー食堂クラウドファンディングに多大なるご支援と応援をいただき、本当にありがとうございました。

本活動報告では、第一弾クラウドファンディングの結果と、これまでの経緯、そして皆さまへの感謝をまとめてお伝えします。



■ 第一弾クラウドファンディングの結果

12月30日をもって、第一弾クラウドファンディングは一旦終了いたしました。


    •最終支援金額:16,610,000円

    •支援者数:1,529名


さらに、CAMPFIRE内の

「もう一度プロジェクトをやってほしい」への登録は3,000件を超えました。

この数字の一つひとつは、金額や件数以上に、皆さまの想いそのものだと受け止めています。

本当に、本当にありがとうございました。


■ 最終日の生ライブ配信について

最終日は、5時間にわたる生ライブ配信を行いました。

画面の向こうから見守ってくださった皆さま、コメントで声をかけてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

そして何より、

終了まで残り59分という最後の最後まで、ご支援が続いたことを、私たちは決して忘れません。

あの時間は、

「一人ではない」「一緒に走ってくれている人がいる」そう強く実感できた、かけがえのない時間でした。


■ 生ライブ配信で寄せられた声

生ライブ配信では、たくさんの率直な声を頂戴しました。

    •「延長はないの?」

    •「集まらなかったら、どうするの?」

    •「もう一度やらないの?」


どれも、この場所の行く末を本気で考えてくださっているからこその問いだと感じています。

簡単に答えを出せるものではありませんが、こうした疑問や不安を正直に投げかけていただけたこと自体が、このプロジェクトが他人事ではなくなっていた証だと受け止めています。

皆さまの声は、これからの判断と行動の大切な指針です。


■ 延長・第二弾について

延長については事前に相談を行いましたが、

第一弾の延長はできませんでした。

また、「返礼品をすべて返し終える前に次のプロジェクトを始めるのは、正直おすすめできません」というご意見もいただきました。

その上で、祖父・家族と何度も話し合い、

返礼品対応を必ず並行して行うことを前提に、もう一度だけ挑戦する判断をしました。

もう、1ヶ月だけ粘らせてください。

現在の準備状況から見て、

第一弾の返礼品は2月中旬頃までにお届けできる見通しです。

進捗については、今後も正直にご報告していきます。


■ 支援金の管理について

皆さまからお預かりした支援金は、すべて耐震工事専用の口座で管理しています。

他の用途と混ざることは一切ありません。

また、この口座は

いつでも公開・説明できる状態で管理しており、支援金の使途については、今後も活動報告を通じて正直に、丁寧にお伝えしていきます。


皆さまの想いがこもった大切な支援金だからこそ、最大限の透明性をもって向き合っています。



■ なぜ、これまで動けなかったのか

「なぜもっと早く動かなかったのか」

という声も、真摯に受け止めています。

正直にお話しすると、

パリー食堂は祖父の代になってから、1日の売上が数千円という日も珍しくない状況が続いていました。


日々の営業を続けることで精一杯で、未来のための大きな修繕や準備まで手が回らなかったというのが現実です。


■ 私の記憶にあるパリー食堂

幼い頃の私にとってのパリー食堂は、静かで、常連さんに支えられている場所でした。

今振り返ると

それが祖父なりの「守り方」だったのだと思います。


■ 番場通りと時代の変化

かつて「秩父の銀座通り」と呼ばれた番場通りも、社会構造の変化とともに、その役割を変えてきました。

これは、誰か一人の努力不足ではなく、時代そのものの変化だったと考えています。

パリー食堂も、その流れの中にありました。


■ 最後に

迷い、不安になり、

眠れない夜を過ごしたことも何度もありました。

それでもここまで来られたのは、

支援してくださった方、

シェアしてくださった方、

声をかけてくださった方、

そして静かに見守ってくださった皆さまのおかげです。

この挑戦は、祖父と孫だけの物語ではありません。

皆さまと一緒に作ってきた、かけがえのない時間でした。

改めて、心から感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。


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