最近ヒグマの出没が頻繁に報道される中で,中央区に有る我が家の近くでも中学生の子供達の通学路に出没が有り,ふいに何かで読んだ大正時代の三毛別羆(さんけべつひぐま)事件の記憶が蘇って来た。またOSO18と名付けられ道東を中心に牧場の牛65頭を襲い32頭を喰い殺しハンターと渡り合ったヒグマの事件も脳裏に浮かぶも,何となく両方の事件は手負いに成った熊が生きる為に無理なく確実に食料を確保できる事が根底に有り何故クワガタとかシャケとか死んでいる鹿とかを捕食しているはずの熊が何故手負いに成らなければ成らなかったのかを考えた時それは,人に馴れ,人を怖がらないヒグマが誕生し住宅街のゴミ箱に餌を見つけ餌場としてテリトリーを築いたり,若いヒグマが自分の住む場所を求めて街中へ迷い出て来たりと,結果的に人との遭遇による事故が起き害獣駆除で撃ち損じて逃げられたヒグマが手負いとなり囲われた逃げ場のない牛馬を簡単に手に入れられ保存の出来る肉として認識をしてしまったからに他ならず,その結果牛馬を守る人間との間で摩擦が起こり,箱罠とか銃砲での駆除を通してお互いに生死を掛けた戦いの中で覚え学路に出没が有り,ふいに何かで読んだ大正時代の三毛別羆(さんけべつひぐま)事件の記憶が蘇って来た。またOSO18と名付けられ道東を中心に牧場の牛65頭を襲い32頭を喰い殺しハンターと渡り合ったヒグマの事件も脳裏に浮かぶも,何となく両方の事件は手負いに成った熊が生きる為に無理なく確実に食料を確保できる事が根底に有り何故クワガタとかシャケとか死んでいる鹿とかを捕食しているはずの熊が何故手負いに成らなければ成らなかったのかを考えた時それは,人に馴れ,人を怖がらないヒグマが誕生し住宅街のゴミ箱に餌を見つけ餌場としてテリトリーを築いたり,若いヒグマが自分の住む場所を求めて街中へ迷い出て来たりと,結果的に人との遭遇による事故が起き害獣駆除で撃ち損じて逃げられたヒグマが手負いとなり囲われた逃げ場のない牛馬を簡単に手に入れられ保存の出来る肉として認識をしてしまったからに他ならず,その結果牛馬を守る人間との間で摩擦が起こり,箱罠とか銃砲での駆除を通してお互いに生死を掛けた戦いの中で覚えた人間との駆け引きと勝利の人肉,もしかするとそれは武器を持たない人間は簡単に狩る事の出来る獲物としての本能を呼び覚まされた人間の味では無かったのだろうか。又同じ様に罠にかかった鹿がヒグマに襲われ罠には足だけが残されていて少し離れた所に食べ残しを保存食として地面に埋めた土饅頭が作られていた等の肉食へ転じる高い可能性を持った ヒグマの話を踏まえ,住宅街へごみを漁りに出没するヒグマを撃退し嫌な思いをさせる事で忌避させる事を狙って特許を出してみた。た人間との駆け引きと勝利の人肉,もしかするとそれは武器を持たない人間は簡単に狩る事の出来る獲物としての本能を呼び覚まされた人間の味では無かったのだろうか。
次は,特許願書の主対象を熊に当て種類と生息域とそれら個体の特徴に付いて考えてみる




