宇宙へ届け! 日本人のJAZZだってカッコ良すぎる!!

2026年4月25日(土)開場 13:30  開演 14:00~ 逗子文化プラザホールなぎさ・2006年から継続20年、150回を紡いだ 「ジャズシンガー柴﨑陽子のJAZZ Night Cafe がジャズの「魂の音」を逗子から子供達へつなぐ!Special Day

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終了

現在の支援総額

402,666

23%

目標金額は1,700,000円

支援者数

44

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2026年4月25日(土)開場 13:30  開演 14:00~ 逗子文化プラザホールなぎさ・2006年から継続20年、150回を紡いだ 「ジャズシンガー柴﨑陽子のJAZZ Night Cafe がジャズの「魂の音」を逗子から子供達へつなぐ!Special Day

ご支援,応援ありがとうございました、クラファンやることであらためて「自分」の人生を振り返りました。ハッキリ言ってキツかった…《波瀾万丈 柴﨑陽子物語り》【最終話】555席の奇跡~親子で見る絶景~全6回にわたり、私の物語を読んでくださり、本当にありがとうございました。4歳の少女の夢から始まり、最愛の息子との闘病、別れ、そして再生。長い旅の果てに、私は今、ここに立っています。来るコンサート当日。555席が満席になったホール。トッププロの演奏に、目を輝かせる子どもたち。そして、その横で微笑む、お母さん、お父さんたち。ステージからその景色を見た時、私はきっと、天国のRyoに報告できると思います。「見ててくれた?」「お母さん、やりきったよ」と。私の歌声が、誰かの笑顔になり、安らぎになり、明日を生きる力になるなら。こんなに、嬉しいことはありません。このコンサートは、私一人の力では実現できません。そして、なにより、「子どもたちを無料・低価格で招待する」という夢を叶えるためには、あなたの力が必要です。そう願い、この度、クラウドファンディングという場を借りて。「555席の奇跡」魂の歌声を届けたい!この新しい景色(絶景)を、あなたと、お子さんたちと、一緒に見たいです。どうか応援、よろしくお願いいたします!傷だらけでも、不器用でも。私は、歌い続けます。ジャズに魂を捧げた女ジャズシンガー 柴﨑陽子追伸:私が立ち上げた、クラウドファンディングご支援を賜り、ありがとうございました。当日何が起こるかは?ですが、コンサート、一生懸命、お尽くしさせて頂きます。


《波瀾万丈 柴﨑陽子物語り》第5話:555人にこだわる理由。〜譲れない使命〜こんにちは、柴﨑陽子です。最愛の息子・Ryoとの別れを経て、気づいたのです。私の歌は、もう、私だけのものではないと。そして、私は歌い続けました。「子どもたちにジャズの生演奏を聴かせてほしい」と、Ryoが入院していた数カ所の小児病棟に、来る日も来る日も、頼み込んでいました。でも、「クラシックなら…少し考える余地はあるけどジャズじゃねぇ…」と、断られ続けました。しかし、4年の間、頼み込む月日を経た結果…夢にまで見た演奏会は、病院の片隅…会議室というステージで、実現したのです!「えぇ??」「あれってRyoくんのママじゃない??」「ドレス、キラキラしててかっこいい」ふだん、病室にいた私がジャズメンの中でマイクを握っている。一緒の病棟に入院しているおともだち、その驚きと笑顔の中に、Ryoのはにかんだ、、、でも得意そうな、母の私だけが知っている笑顔が、光っていました。その姿を見た瞬間、暖かいもので、私の胸はいっぱいになりました。そして、小さな体を揺らして、リズムをとる子どもたち。私の歌、バンドの演奏に、点滴を打ちながら、耳を傾ける子どもたち。おともだちのお母さんたちも、我が子の後ろ姿を見て涙を流されていました。「理屈じゃない」「本物の音楽は、子どもたちに、魂に、届くんだ」と。この経験から、もっと伝えたい!もっと、子どもたちに。もっと、お母さんたち、お父さんたちに、伝えたい!だから今回、555名という大きなホールで、私はコンサートを企画しました。生の音の振動、本気の音、本物の熱気...魂のヴォーカル、そして、演奏を、届けたい!五感で感じること、生で体験する音楽が。彼らの魂を、未来、そして夢を、ピカピカに磨く種に必ずなる!私はそう信じています。Ryoが見ることは叶わなかった「未来」を。今、これからを生きる子どもたちに届けたい。それが,今の私の…絶対譲れないもの、使命なのです。~傷だらけの正義~歌、演奏を通して、子どもたち、未来への想いを語りました。でも、正直に言います。「今、私、ちょっと怒っています!」私を突き動かしているのは、綺麗ごとの「愛」だけではありません。静かでも、確かな「怒り」が、あります。見え透いた嘘、裏表のある関係、、、有象無象が、溢れている。力のあるもの、そうでないもの、国や思想の異なり…世界は今日も、思わず目を塞ぎたくなる、悲しくも残酷なことばかりです。私は、ただの一人の人間です。強靭な肉体、精神があったらいいのに。でも現実は、傷つき、落ち込み「誰を信じたらいいの?」そう叫び出さずにはいられなかった事もあります。そして、自信を失ったこともあります。(持てなかったというのが正しいかも)「いい人」「正しい人」を演じることに、疲れていたんだと思います。そうです、だからこそ思うのです。“本物でありたい”って。「でもステージの上は嘘だらけ?!って聞いたことがあります」うん、うん。そういう話は、よく聞きます。しかし…ありえませんよ!!生き様を映す鏡、それが声です。歌声は、その人自身です。一番上手に、歌えないかもしれない…私は、不器用なのだと思います。(いいえ、絶対にそうなんです笑)長く習っているはずの、英会話にコンプレックスがあったり。プロのくせに、練習が嫌いだったり(笑)完璧とは、ほど遠い、、、でもね。宇宙と繋がり、天国の息子と繋がり、目の前のあなたへ、歌っている時。魂で繋がれるはず…(そう願っています。)だから、一生懸命さなら、負けません!傷だらけの人生、歩み続けたどり着いた、唯一の「正義」なのかもしれません。混じりっけなし!!嘘のない「音」を届けたい。この想いを胸に、今日、これからも、歌って参ります。(次回、最終話です。あなたへ、渡したいものがあります)、、、つづく*写真はRyoが作詞した校歌です


ご支援をいただきありがとうございます。また、何故コンサートを開催するのにクラファンファンディングの必要があるのか、と疑問に思う方、《波瀾万丈 柴﨑陽子物語り》よんでいただくたらありがたいです。第3話:始まった秘密の特訓~絶望の病室~息子の闘病という闇の中で、私は恩師の導きで、ジャズボーカルの門を叩きました。「月1回でいい、気分転換になれば」最初はそんな軽い気持ちでした。しかし、特訓は猛烈を超え、苛烈、、、厳しさの極みでした。「毎週来い。それができないなら辞めろ」看病と仕事でボロボロの私でしたが、選択を突きつけられました。しかし、私が選んだ答えは、行くこと。高い月謝を払ってでも、蜘蛛の糸よりもっと細い、この糸にしがみつきたかったのです。ベッドで眠るRyoの横で、英語の歌詞を覚え、譜面を読み込む日々。私の教室は、病室になりました。「何をそんなに急いでいるの?」周りは不思議がりました。でも、分かっていたのです、私には。 「ステージで歌う姿を、Ryoに見せたい」その一心でした。私が学ぶ姿を見せることが、彼への一番の励ましになると信じていたから。漸くデビューした日から、4年目の、あの日。私は、ある「無謀な挑戦」を始めました。次回、息子がくれた「最後のギフト」について、お伝えします。いつか良くなる、信じていましたが、最期の時はやって来ました。そんな私が、マイクを置く選択は、、、つづく。


ご支援の申し込みが少しずつふえてきています。ありがたいことです。どうもありがとうございます。何故、今回クラウドファンディングに挑戦したのか…第2話:一変した生活~長い闇の訪れ~前回、ジャズとの運命的な出会いをお話ししました。しかし、その直後、私の世界は一変します。次男・Ryoの3歳の誕生日。告げられた病名は、「小児がん」でした。しかも、 膵臓がんという、あまりに重い現実。まさに戦いの日々でした、 そこからの13年半は。13回もの開腹手術、抗がん剤、陽子線治療、治験……。信じられないほどの負担が、幼い彼の体に。治療に次ぐ治療に、大きな出費も襲いかかりました。「お母さん、疲れちゃった。お金がなくなるかも」高校生になった彼に、つい漏らしてしまった私の弱音。看病に明け暮れ、家庭も崩れかけ、心身ともに限界だった私の本音だったと思います。 その時の、彼の悲しそうな瞳を、私は一生忘れることができません。でも、そんな極限状態の中で、ふと再会した恩師が、私にこう言ったのです。「歌わないの?」と。看病に明け暮れ、身も心も疲れ切っていた私は、歌を、音楽を、すっかり忘れていたのです。止まっていた時計(わたし)、を動かしたのは、その一言でした。次回、病室で始まった、「奇跡のレッスン」についておつたえします。気分転換のつもりが、私を待っていたのは…つづく。


こんにちは!クラウドファンディングに初挑戦の柴﨑陽子です。ご支援したいただいている方達に心より御礼申し上げます。なぜクラウドファンをやるのか、多くの方に届けたい思いがあります。以下を読んでいただけたら幸いです。第1話:私が見た魔法~黒い扉の向こう側で~こんにちは、柴﨑陽子です。今日は少しだけ、私の昔話をさせてください。4歳でピアノに憧れ、真っ白なドレスでステージに立ったあの日。大きな拍手と「よく弾けたね!」という称賛が、私の原点でした。将来の夢はピアノの先生。18歳で音大に入り、その夢は順調に叶いました。大学へ通っていた、ある日のこと…友人に連れられ訪れたのは、ある古びたビルの地下。その、重い黒い扉を開けた瞬間、「音の洪水」に、私は飲み込まれました。煙草の煙、熱気に包まれピアノ、ベース、ドラムが織りなす、終わりのない、はたまた、どこからが始まりだったか… 「なんだこれは?」未知の世界に渦巻く、黄金の光。今まで知っていた音と違う、胸を掻きむしられるような衝撃。その時、私の魂に小さな、でも力づよい火が灯りました。本当の運命との、予想もしない遭遇…ジャズとの出会いでした。しかし、その火が大きく燃え上がる前に。私の人生を揺るがす「大きな試練」…音もなく近づいていたのです。(次回、笑顔を奪われた「あの日」の話をお伝えします)


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