
ご支援をいただきありがとうございます。
また、
何故コンサートを開催するのにクラファンファンディングの必要があるのか、と
疑問に思う方、
《波瀾万丈 柴﨑陽子物語り》
よんでいただくたら
ありがたいです。
第3話:
始まった秘密の特訓
~絶望の病室~
息子の闘病という闇の中で、
私は恩師の導きで、ジャズボーカルの門を叩きました。
「月1回でいい、気分転換になれば」
最初はそんな軽い気持ちでした。
しかし、
特訓は猛烈を超え、苛烈、、、
厳しさの極みでした。
「毎週来い。それができないなら辞めろ」
看病と仕事でボロボロの私でしたが、選択を突きつけられました。
しかし、私が選んだ答えは、行くこと。
高い月謝を払ってでも、
蜘蛛の糸よりもっと細い、
この糸にしがみつきたかったのです。
ベッドで眠るRyoの横で、
英語の歌詞を覚え、譜面を読み込む日々。
私の教室は、病室になりました。
「何をそんなに急いでいるの?」
周りは不思議がりました。
でも、分かっていたのです、私には。
「ステージで歌う姿を、Ryoに見せたい」
その一心でした。
私が学ぶ姿を見せることが、
彼への一番の励ましになると信じていたから。
漸くデビューした日から、4年目の、あの日。
私は、ある「無謀な挑戦」を始めました。
次回、息子がくれた「最後のギフト」について、お伝えします。
いつか良くなる、信じていましたが、
最期の時はやって来ました。
そんな私が、マイクを置く選択は、、、
つづく。



