
中山春佳さんの作品『背嚢神社』は、喪失の中でも特に「自分を喪う」というテーマに向き合っています。
コロナ禍で多くの人がマスクをつけて過ごしたあの数年間。
彼女もまた、その中で「本当の顔」を隠すことが日常になってしまった一人でした。
病気を防ぐためにつけていたはずのマスクが、いつの間にか「盾」のようになり、人の視線や言葉が怖くて、外せなくなってしまった。中山さんはその感覚を、決して弱さではなく、誰の中にも生まれる「心の枷」として丁寧に見つめています。
作品の出発点には、幼い頃の記憶がありました。
小学生のとき、周囲が赤や黒のランドセルを選ぶ中で、彼女は迷わず「水色のランドセル」を選びました。両親はそれを否定せず、「そのままでいい」と言ってくれたそうです。その体験が、「ありのままで生きる勇気」の原点になっていました。
《背嚢神社》は、そうした彼女の記憶から生まれた「祈りの空間」です。
中央には、水色のランドセル。その周囲には赤と黒の柱が立ち、不織布の布が天井から垂れ下がり、マスクのように覆いをつくります。
鑑賞者はこの小さな「神社」に足を踏み入れ、自分の中にある「覆い」や「言えない本音」と静かに向き合うことができます。ランドセルは、かつての「ありのまま」を象徴し、その前に置かれたお賽銭箱は、祈りを託すための場として置かれています。
中山さんの作品は、単なる展示ではありません。それは、「あなたの中にもある小さな祈りの場所」を見つけるための導きです。誰もが何かを守るために身につけた「覆い」を、少しずつ外していく勇気をもらえる――そんな体験になると思います。
喪失とは、失うことだけでなく、「ありのままでいる自分」を忘れてしまうことでもあります。
《背嚢神社》は、その喪失を癒し、再び自分の顔を取り戻すための祈りそのものです。
展示情報
《喪失と再生のアートラボ》展
会期:2025年11月22日(土)〜24日(月・祝)
会場:BUoY(北千住)






