
↑東陽教室立ち上げKickoffで挨拶をする米田さん
#寺子屋みなてらすボランティアインタビュー では、寺子屋みなてらすに参加するボランティアの想いを知ってもらうことを目的として、寺子屋みなてらすにボランティアとして関わってくださっている方のインタビュー記事を公開いたします!
今回は、立ち上げメンバー(三宅・渡邊)の会社の同僚で、2020年の立ち上げ当初から活躍している米田恭一朗さんのインタビューです。
もともと子どもの教育に関心のあった米田さん。2021年に2教室目として立ち上がった東陽教室の教室長を務めたことでさまざまな心境の変化を経験し、現在は地域福祉というより広い視点を持ちながら寺子屋みなてらすのことを支えてくれています。そんな彼の変化のストーリーをお届けします。
(聞き手:渡邊和樹)
寺子屋みなてらすに参加したきっかけ
渡邊: まずは、よねちゃん(米田)が「みなてらす」に関わり始めたきっかけから振り返ろうか。僕らが会社の席、隣だったんだよね。
米田: そうそう、和樹さんと隣の席で働いていて。「今度やるんだけど来ない?」って誘われたのが最初ですね。当時はまだ入社2年目とかで、大学で教育を学んでいた時の記憶も新しかったし、まだ教育に対する「熱」が残っていたから、「やるやる、興味ある」ってすんなり入りました。まさか5年もこうしてガッツリ運営をやるとは思ってなかったですけど(笑)。
渡邊: 懐かしいな。当時は僕らも手探りだったから、最初はボランティアさんがどんな人が来るかも全然わからなかったもん音。
米田: そうですね。「ボランティアさん1人来ただけで嬉しい!」みたいな状態でしたよね。最初の頃に来てくれた人たちのことは今でもよく覚えています。

↑はじめての学習会(左から米田・三宅・渡邊)
教室長を経験したことでの変化
渡邊: そこから砂町教室を経て、東陽教室の立ち上げ(教室長)をやった経験が大きかったんじゃないかなと思うんだけど、どうだった?
米田: そうですね。当時はまだ社会人3年目くらいで自信もなくて。「自分がいい教室にするんだ」って責任感をすごく強く持って始めました。 でも、集まってくれたボランティアさんが、自分より年上の方が多かったんですよ。企業の社長をやっていそうな人とか、すごいレジェンドたちが来てくれて。最初は尻込みしちゃったんですけど、その人たちは「偉い人」として扱われたいわけじゃなくて、フラットにこの場を楽しみたいと思って来てくれている。だから、あえて変に気を使わず、ズケズケいこうと思って関わるようにしました。
渡邊: リスペクトは持ちつつも、フラットな関係になるということだね。
米田: はい。でも、最初の2年間くらいは、毎週土曜日は絶対に行くし、自分が教室の雰囲気を保たなきゃいけないと思って、すごく頑張ってました。やっぱりそれだとエネルギーを使うし、苦しいこともあって。 でも、立ち上げから1年半くらい経った頃に、コアメンバーが増えてきたんです。「あ、自分一人が頑張って教室を維持させるんじゃなくて、いろんな人が教室長の負担を軽減できる形がいいんだな」って思い始めました。
渡邊: みなてらすのメンバーって、責任は持ちつつも自然体でやる空気があるけど、それはよねちゃんのその経験が伝わっている気がするんだよね。
米田: 僕が一人で責任を持ってやると苦しいんだな、っていう様子を見て、みんな思ったのかもしれません(笑)。今は責任分散ができていて、みんな良い意味でゆるく、でも責任を持って運営できているんじゃないかなと思います。

↑東陽教室Kickoffの様子
子ども支援から保護者支援・地域全体の福祉へ
渡邊: 今は教室長を離れて、事務局的な立ち位置で全体に関わっているよね。そこにはどんな思いがあるの?
米田: 教室運営は好きだし、子どもたちと直接関わるのは楽しいんです。でも、僕が教室長をやっていても、影響範囲はその教室だけになってしまう。もっと多くの子供や居場所を作る上では、自分が力をつけて抱え込むより、そのノウハウを伝えていろんな教室で活用してもらったほうが有意義だと思ったんです。
渡邊: なるほどね。そこでさらに専門性を高めるために、社会福祉士の資格も取ったじゃない? あれはどういう経緯だったの?
米田: きっかけは、ある学習支援団体のサミットに参加したことでした。そこで出会った人が、学習支援の居場所を作りながら、本業でスクールソーシャルワーカーをやっていたんです。「居場所を作る活動」と「学校と保護者の間に入って繋げる活動」の両軸をやっている姿を見て、その生き方がすごくいいなと思って。 それで自分も資格を取ろうと思って、大学に入り直して勉強しました。
渡邊: 実習にも行ってたよね。結構長い期間会社を休んで(笑)。
米田: そうそう、会社には感謝してます(笑)。実習で社会福祉協議会(社協)に行ったんですけど、そこでの経験がすごく大きくて。 社協って、障害、児童、高齢者など、地域の福祉全部を統括している組織じゃないですか。そこから見ると、「みなてらす」のような活動も、地域の中にポツンとある「一つの社会資源」として見えるんですよね。
渡邊: なるほど、「資源」か。運営している側とは全く違う視点だね。
米田: そうなんです。で、地域全体を見た時に、どうしても高齢者福祉にリソースが割かれていて、児童や障害の分野が手薄になっている現状を目の当たりにしました。 でも、福祉って全部繋がってるんですよね。高齢者福祉がうまくいかないと、介護をする子育て世代(現役世代)が疲弊して、その結果、子どもたちに皺寄せがいく。だから「子どもだけ」を見ていればいいわけじゃなくて、地域全体が循環していないといけないんだなって気づかされました。
渡邊: その視点は、一つの教室だけを見ていたらなかなか得られないものだね。
米田: はい。だから僕は、社会福祉士という資格を「何かの専門職」というよりは、「繋げるプロフェッショナル」だと捉えています。 いろんな領域のプロを繋ぎ合わせて、地域全体を良くしていく。そういう横断的な動きができるのが社会福祉士の面白さだし、僕自身もそういう、地域のリソースを繋げる役割を担っていきたいと思っています。
「大人の居場所」という可能性
渡邊: 最後に、みなてらすがこれからどういう存在になっていくか、よねちゃんはどう見ている?
米田: みなてらすって、学習支援ではあるんですけど、「大人の居場所」としての力がすごく強いと思っているんです。大人同士が出会う場としても機能していて、そこで繋がるのがシンプルに楽しい。みなてらすがあることで、その地域で生きるのが楽しくなる感覚がありますね。
渡邊: 確かに。子どもを真ん中に置いて、今まで関わらなかった大人たちがフラットに出会える場所だよね。
米田: そうなんです。あと、影響の範囲がすごいなと思っていて。僕ら運営メンバーが40人いて、ボランティアさんが200人くらいいるじゃないですか。その一人ひとりが、自分の周りの何十人かに「こういう活動があってね」って話すだけで、何万人という規模に影響が広がっていく。 話を聞いた人が全員教室を立ち上げるわけじゃなくても、「あ、自分も何かボランティアやってみようかな」って思うだけで、各所でいい動きが生まれますよね。それだけで地域にとってすごく有意義なことだと思います。
渡邊: まさに、そうやって地域から生まれる「ムーブメント」を作っていきたいんだよね。
米田: 僕ももし暇になったら、自分の住んでいる地域で絶対教室を作りますもん(笑)。 誰かが「やりたい」って言った時に、僕らが飛んでいって伴走して、一緒に作っていく。そういう形なら、全国どこでもこの「いい動き」を起こせる気がします。




