はじめまして
はじめまして、私たちは助次郎ビール実行委員会です。この文章を書いているのは、実行委員会の発起人、宰井琢騰(サイ タクマ)です。普段は写真と映像の仕事をしています。
左が僕(宰井)。真ん中は横山峰男さん、右が「本と酒 鍛冶六」店主濱田さん。
兵庫県の南西部、播州 龍野(たつの)に7年前から仕事を通じて関わり始め、5年前に神戸市からたつの市に移住しました。私が住む龍野という場所には、酒醤油醸造業で発展した城下町があります。
うすくち醤油の産地で、古い日本家屋が残り、今も人々が暮らす「発酵と生きる町」です。
このまちをよーく見てみると、かつてそこで人生を送っていた人々の痕跡が残っていることに気がつきました。それを見つけ出し、物語を辿って、新しい視点を発見し、この世界に意味を重ねる。
阪神大震災と東日本大震災を経験した私は、戦災や天災を免れてきた龍野地区に「景色が変わっていない」面白さを見出し、やがてハマっていきました。

痕跡が物語る龍野の人々のストーリー、特に明治時代の人たちの背中は、古い町から新しい人生を掴み取っていく、どれも心を動かされるものばかりなのです。
痕跡とはつまり「地域の記憶」。これからお話しするプロジェクトは、その中でも、ひときわ強い光を放つある男の人生に、私が大きなショックを受けたところから始まりました。
地域の豊かな記憶を素材に、新しい価値に発酵させて、能動的に継承していく挑戦です。
腐るんじゃなくて、発酵
地域の記憶は、放置すれば腐敗し、やがて消えていきます。
しかし適切に手を加えれば、発酵し、新たな価値を生み出します。
170年前、龍野で生まれ、すべてを失った少年がいました。名前は横山助次郎。

横山家は龍野で最も古い歴史を持つ酒醤油醸造家の家系でした。
しかし助次郎が4歳の時、父が病没。酒造りの家業は廃止され、一家は離散しました。
15歳、明治維新の風が吹く明治5年、日本で最初にビール醸造に挑戦をしている店が甲府にあるという噂を聞いた助次郎は、命がけの旅に出ます。
汽車のない時代、龍野から甲府まで、冬の木曽路、約500kmを徒歩で。
明治7年(1874年)に醸造技術を学んだその日から、助次郎は甲府で、東京で、大阪で、尼崎で — 40年間、醸造技師として、一人でビールを造り続けた人でした。
彼は誰もビールを飲まなかった時代から醸造技術を追求し、気前よく周囲にその技術を共有。やがて資本力のあるビール会社が吸収合併を繰り返し巨大な企業になっていく時代が来ると、大資本に負けない生存戦略として、中国商人との信頼関係を固く築き、アジア圏の市場を誰より早く切り拓いて個人経営を貫いた、かなりユニークな人物だったのです。
横山助次郎さんの作っていた銘柄
▶︎助次郎ビールについてのpodcast番組「腐るんじゃなくて、発酵。助次郎ラジオ」
日露戦争後の経済変動期、多くの小規模醸造家たちが姿を消していきました。急速な近代化と産業構造の転換の中で、助次郎のような個人の職人たちの記録は、歴史から零れ落ちていったのです。
そして、今や地元にも、彼の名前を知る人はほとんどいません。

私たちは今年、助次郎の「いかなる状況にも腐らずに良いものを生み出そうとする」発酵魂に刺激され、彼の子孫と共に「助次郎ビール」として蘇らせました。
おかげさまで、限定1200本のつもりだった醸造は、周囲から味とストーリーに大変ご好評いただいて、3回分(2850本分)実現させることができました!
今度は、このビールの持つ意味と物語をより多くの方に知ってもらうために、「龍野の新しい定番品」にしたいと考えています。
これは、単なるローカルビール事業ではありません。
失われた地域の記憶を、ビールという媒体を通じて未来へ継承する、文化プロジェクトです。
ビールという媒体で、物語を伝えたい
地域の記憶に興味を持ったきっかけ
そもそもの話をさせてください。
私は神戸から龍野に移住し、複業として関わっていた市の空き家対策事業の仕事を通じて、「旧 横山醇医院」の蔵の中に眠っていた、古いガラスの薬瓶に出会いました。
横山醇は兵庫県最初の女医で、明治の開業から50年以上地域医療に携わった偉大な女性です。
見つけたのは、病気にかかった子どもたちを治すために、医院と家庭を往復した薬瓶でした。
地域の記憶をそのまま持つ「まちの宝物」を発見したのです。
▶︎全ての始まり、横山醇さんの薬瓶についての話はこちら
薬瓶が物語る町の記憶、そして医療の道を選んだ彼女の人生。それぞれに感銘を受けていたところ、醇の親戚である横山多佳子さんから、彼女の従叔父には横山助次郎という人物がいることを教わりました。
「まるで朝ドラのマッサンみたいに、洋酒に人生を賭けた人がおったんよ」と。
彼の息子が助次郎の生涯を伝記として書き残した「父の俤(おもかげ)」には、彼の辿ったドラマティックな人生が、見事な筆致で描かれていました。
変な表現だと思うのですが、大規模で生産していないという意味では、明治初期はみんなクラフトビールを飲んでいたわけです。
そこで誰よりも早く本場の技術者から技術伝習を受け、良いビールを造っていたのが横山助次郎でした。

奇跡の出会い
それから昨年夏のことです。奇跡としか言いようがない、不思議なことが起こりました。
そのとき私は、助次郎をモチーフにした龍野初のクラフトビールを、地域の方の力を借りて試作していました。
試作当時の画像横山助次郎がビール醸造に区切りをつけた後、どんな風に生きたのか、末裔の方に会えないだろうかと、横山助次郎の足跡を調べていたのですが、地元を離れた助次郎のことを辿るのは至難の業。
横山家のその後を知ることはもう無理だろうか、と諦めかけていたところに、酒屋さんから興奮した様子で連絡が入りました。
助次郎の曾孫・横山峰男さんもたまたまちょうど同じタイミングで助次郎のことを検索され、助次郎ビールの存在を知っていただき、オンラインで扱っていただいた網干の「本と酒 鍛冶六」さんを通して、お互いが偶然に繋がったのです。
私は横山の皆さんにようやくお会いすることができ、まるで芸能人に会えたような気分で、自分が調べた助次郎さんについてのことをご子孫の方々に聞いていただきました。
遂にお会いできた横山家の皆さん
峰男さん
初めてお会いした時の写真
そして峰男さんから「助次郎ビールを、一緒に作ろう」と言っていただき、私と峰男さん・鍛冶六さんの3人が中心になって、KOGANE BREWERYさんにビール醸造を委託。
私がコンセプトやデザイン周りを含めた全体のプロデュースを、鍛冶六さんが卸・小売の販売を担当するチームが出来上がりました。ラベルのイラストは地元のアーティスト芝田知佳さん、ロゴは若いデザイナー古屋くんが制作してくれました。

副原料に醸造の町・龍野を体現する、100年続く老舗「井戸糀店」の米糀を使用しました。
軽やかでフルーティーで、何度も飲みたくなる不思議な味わいのビールになりました。
米糀を甘酒に変え、残ったものも全てクラッシュしてスムージー状にし、ビールと一緒に醸造します。
ビールの味が苦手な方や、女性にも、「これは美味しい!」と評判です。
井戸さんの創業当時から変わらないこだわりの製法と、うまみの強い糀の味は根強いファンが多く、健康にも美容にも良い素晴らしい米糀です。
井戸糀店さん。
井戸さんの糀は本当にパワフルで美味しいです。
今年4月、正式に助次郎ビールを発売し、今年3回の醸造・販売を成し遂げました。
たつの市内、姫路、神戸、そして首都圏と、取り扱っていただけるお店がジワジワ増え、呼んでいただいたイベントでも、たくさんの方にビールを飲んでいただきました。

地元の粒坐天照神社の宮司さん。
飲んだ方々からは「美味しい!」という声だけでなく、「こんな人がいたんですね」「龍野の歴史を初めて知りました」という反応をいただいています。
2025年8月26日付の讀賣新聞に掲載されました

このビールは、ただの商品ではありません。人々がそれを手に取り、味わい、語り合うたびに、150年前の職人の存在が「今ここ」に立ち現れるのです。
2025年4月、桜が咲く「クラテラスたつの」さんにご協力いただき、クラテラスさん主催のイベントで、助次郎ビールのお披露目式をさせていただきました。有志で集まっていただいた地元のブラスバンドに、コープランドの「名もなき人々のためのファンファーレ(Fanfare for the Common Man)」をリクエストし、演奏していただいたのちに、乾杯をしました。
K-TRAIN BRASS ENSEMBLEのみなさん
固有名を持たずとも、社会を支え、技を磨き、誠実に働いた人々。
助次郎は、そんな無数の作り手たちの一人でした。
乾杯の瞬間、私は思いました。これはもしかして、龍野に帰ってこなかった助次郎さんへ、長い年月をかけた「おかえりなさい」を言えたのかもしれない、と。
助次郎が龍野に帰ってきた痕跡はなかった。でも、彼の物語はビールという形で、故郷に帰ってきた。
そしてこれは助次郎だけではない。彼と同じように、歴史から零れ落ちたすべての職人たち、作り手たち、さらに言うなら、自分を信じて人生に挑む人たちそれぞれに物語がある。
その魂に思いを馳せるビールにしたいと強く思った瞬間でした。
2025年11月18日、助次郎ビールにとって嬉しいニュースが届きました。
醸造元のKOGANE BREWERYさんが、2025年のインターナショナルビアカップ(IBC) Keg部門 "Specialty Saison"スタイルに「助次郎」を出品いただき、見事銀賞を獲得されました!

IBCは1996年創設、世界で3番目の歴史を持つ国際ビール品評会です。2025年は22カ国から1,562銘柄が出品され、世界各国の審査員によるブラインドテイスティングで審査がありました。
各スタイルにつき金・銀・銅各1銘柄のみが選ばれる厳格な審査が特徴のコンテストで、味についても太鼓判を押していただくことができました。
とても不思議な縁で、助次郎を醸造してくださっているブルワーの西川さんは、なんと龍野出身です。
龍野が生んだビール醸造技師の名前を冠した、龍野の米糀が入ったビールが、まさに龍野の人の手によって醸され、名誉ある賞を獲得されたのは本当に嬉しいです!
KOGANE ブルワーの西川聡一郎さん。
普段はめちゃくちゃニコニコしています。
醸造時は真剣な眼差しに。日本酒と切っても切れない関係にある米糀を使った「助次郎ビール」は、助次郎さんの醸造したビールの復元ではありません。醸造レシピなどは残っていなかったからです。
ですが、米糀と麦汁が一つになった助次郎ビールは、日本酒のルーツを持ち、ビール醸造に人生を賭けた横山助次郎さんをまさしく体現するビールだということに気がついた時、しみじみした思いが私の胸にやってきました。
当初は1200本のみの予定でしたが、
好評につき今年は2850本の醸造販売ができました。
助次郎さんの玄孫さん!
Teeシャツのモデルになってもらいました。
このプロジェクトが目指す未来
助次郎ビールのレギュラー醸造化は、ゴールではありません。
その先の、より大きな文化的挑戦への出発点にしたいと考えています。
記憶を「体験」に変える試み
2026年7月、たつの市の「醤油の郷 大正ロマン館」で、助次郎をテーマにした展示の開催を予定しています。
先ほど申し上げた通り、このプロジェクトは、横山醇さんとの出会いから始まりました。醇の父・省三は龍野醤油組合の中心人物。そしてその省三の従弟が、ビール醸造家・横山助次郎でした。
展示会場となる「醤油の郷 大正ロマン館」は、龍野醤油醸造同業組合の事務所として建てられた建物です。この組合を明治13年に立ち上げ、龍野の醤油産業を牽引したのが省三でした。
敷地内には今も省三の陶像が立っています。
展示会では、醤油とビール、二つの醸造を通じて結ばれた横山家の物語を、史実に基づきながらも想像力を促す演出を加えて、訪れた人が追体験できる形で伝えたいと考えています。

多層的なメディアで、多様な人に届ける
物語を伝える方法は、一つではありません。
・小冊子:じっくり読みたい人のために
・ポッドキャスト:龍野の街を歩きながら、あるいは日常の中で聞く物語
・映像:助次郎の生きた場所を映像で辿る
・まち歩き:ビールを片手に「助次郎マップ」を持って龍野を巡る
・学校など教育の場での語り:子どもたちには「負けない大人の物語」として、大人たちには「勇気づけられる物語」として
それぞれのメディアが、異なる入口から助次郎の物語へ人々を誘います。
小学生も、観光客も、経営者も、歴史好きも。誰もが自分なりの入り方で、助次郎たちと出会える。
過去の人物に出会い、気持ちを通わせたならば、今ある景色はもっと豊かに映ります。
龍野小学校5年生地域学習の1コマに呼んでいただきました龍野は醤油で知られる町ですが、実は多様な「挑戦をした人」の歴史も持っている。
この「もう一つの顔」を、地域の新しい魅力として育てていきたいのです。
歴史を「保存」するだけでなく、「楽しみ」に、「体験」に変える。
それが、助次郎ビールプロジェクトの挑戦です。
今回のプロジェクトで実現したいこと
1. 助次郎ビールのレギュラー醸造化
助次郎ビールはブルワリーに委託して醸造しており、今年は単発的な生産を続けてきました。
利益はほとんど残らない状況です。が、それでも“ビールの美味しさ”と“助次郎の物語”は少しずつ、多くの方に広がってきています。
来年は、より多くの方に助次郎ビールを定期的に楽しんでいただけるよう、継続的に醸造できる体制を整えたいと考えています。
そのための安定した資金づくりに、どうかお力添えをいただければ幸いです。
龍野を訪れた方が「助次郎ビールください」と言えば、いつでも手に取れる――そんな“龍野の定番”を目指しています。

2. 『横山助次郎伝』小冊子(リトルプレス)の充実版発行
「たつの市選べる敬老ギフト」事業をきっかけにして、20ページの小冊子『横山助次郎伝』を作成しました。「父の俤」をベースにして、さらに資料を集め、助次郎のビール人生をギュッと凝縮し、編集しました。短いながらも読み応えのある中身になっています。
今回は、この冊子に助次郎ビールゆかりの地を紹介する「助次郎マップ」と、このプロジェクトを支えてくださった皆さんのお名前(※希望者の方に限る)を加えた「充実版」を発行します。
あなたも、この物語を未来へ繋ぐ一人に
このプロジェクトは、私たち実行委員会だけでは完成しません。
私たちは、共に創る仲間を求めています。
例えば:
・展示会の企画や運営を手伝ってくださる方
・まち歩きのガイドをしてくださる方
・学校で一緒に助次郎を語ってくださる方
・龍野の新しい物語を掘り起こしたい方
・地域が持つ食の物語と発酵、それらの源になる地質について深めたい方
・SNS発信のお手伝いをしてくださる方
もちろん、ビールを飲み、小冊子を読み、展示会や企画に訪れてくださるだけでも、大きな力になります。
でも、もしあなたが「面白そう、手伝いたい」と思ったならぜひぜひ、私たちへ連絡してほしいです。
ひとつひとつ手作業でラベルを貼っています一緒に地域の記憶を楽しみ、その楽しみ方やアウトプットの方法を一緒に考え、アクションする。
生まれたてのプロジェクトを、長く続けられるものに育てていく。
そうした一人ひとりが、町の痕跡から始まる記憶を未来へ繋ぐ当事者になります。
横山助次郎の肖像を胸に。「偉人Teeシャツ」。
クラテラスさんの助次郎コーナーでは、若い方や海外の方も買ってくださっているようです。
支援が生み出すもの
あなたの支援は、ビールや冊子というリターンだけでなく、より大きなものを生み出します。
・失われかけた地域の記憶が、次の世代に継承される
・龍野という町が、新しい魅力を持つ
・助次郎や横山家だけではない、地域の物語が「今」と繋がりながら増えていく
・他の地域の人々も「自分たちの助次郎」を探し始める
150年前、近代化の波の中で姿を消した一人の職人。
その名を呼び、その物語を語り継ぐことは、単なる歴史趣味ではありません。
これは助次郎だけの物語ではないのです。
すべての名もなき職人たち、作り手たち、挑戦者たちへの、深い敬意と賛美についての話なのです。
地域の記憶をどう継承するか。
それは、誰かが決めるものではなく、私たち一人ひとりが選び取るものです。
発酵と醸造に欠かせないものは、時間。
長い時間をかけて醸成される物語のロマンは、とても深い余韻を与えてくれます。
助次郎ビールで、それをやりたいんです。
歴史は眺めるものじゃない。
一緒に、この物語を育てていきませんか?
帰れなかった故郷に、ビールとなって帰ってきた男の物語。その記憶を腐敗させず、発酵させて、次の時代へ。
どうか、この挑戦を一緒に実現させてください。この挑戦は、皆さんの支援がないと実現できません。
あなたの支援で、助次郎ビールプロジェクトを、遠くへ行かせてください。
助次郎ビール実行委員会一同
リターンについて
今回のクラウドファンディングでは、「助次郎ビール」と「助次郎リトルプレス(小冊子)」をより多くの方に届け、地域に眠る物語を未来へつなぐため、さまざまなリターンをご用意いたしました。
ただただ応援プランを除く、すべてのリターンには、「助次郎リトルプレス(小冊子)」と「助次郎オリジナルステッカー」をお付けします。
助次郎リトルプレス(小冊子)に、ご希望の方のお名前(またはニックネーム)を掲載させていただきます。明治の醸造技師・横山助次郎の情熱と歴史を伝える特別な小冊子に、ぜひあなたのお名前を刻んでください。あなたのお名前が、助次郎の物語の一頁を彩ります。


ビールのセットや、地域応援型のリターン、龍野と助次郎ビールの挑戦を応援したいと思ってくださる企業・団体の方向けの広告プランなど、用途に応じて楽しんでいただける多様なリターンをご用意しています。
助次郎ビールを“龍野の定番”に育て、失われた記憶を「腐敗」ではなく「発酵」させて未来へ届ける。
その一歩を、みなさまと共に踏み出したいと考えています。
ぜひ、お好みのリターンを選んでいただき、この文化プロジェクトにご参加いただけましたら幸いです。

スケジュール
・2026年1月17日 クラウドファンディング開始
・2026年2月28日 クラウドファンディング終了
・2026年3月~ リターン品準備
・2026年4月~ リターン品発送(リターン品準備状況により多少前後します)
・2026年7月 醤油の郷 大正ロマン館「助次郎」展示会
※ビールの製造はコガネブリュワリー株式会社から行います。
【会社名】コガネブリュワリー株式会社(兵庫県姫路市西二階町121 Mep大手前ビル1階)
【資格・免許】酒類製造免許 姫路酒第138号
※ビールの販売は 「本と酒 鍛治六」(D.graph株式会社)から行います。
【会社名】D.graph株式会社(兵庫県姫路市網干区新在家644)
【資格・免許】酒類販売免許 姫路酒第28号











