【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

現在の支援総額

608,250

60%

目標金額は1,000,000円

支援者数

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【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

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支援者数74

南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

ばらばらに見えていた出来事が、ひとつの線になって、つながっていく。
そして、その線は、さらに過去へとさかのぼっていきます。

じつは、酒田とのつながりは、今回がはじめてではありませんでした。

2011年4月から始まった、南三陸復幸市。

東日本大震災の直後、大きな被害を受けた南三陸のまちで、「人が集まる場を取り戻したい」という思いから立ち上がりました。

復幸市は、単なるイベントではなく、地域の人たちが再び集い、外から訪れる人たちとつながる“場”として続けられてきました。

そして、この取り組みは、震災後に突然生まれたものではありません。



震災前から、昆野慶弥さんが中心となって取り組んでいた「ぼうさい朝市ネットワーク」の活動が、その土台にありました。

各地の朝市や地域がゆるやかにつながり、日常の交流の中で関係を育てていく。

テントを立て、食材を持ち寄り、人が集う。その一つひとつが、非常時を想定した実践でもありました。

楽しさの中に、防災の知恵が組み込まれている。

それは、“防災”を特別なものにするのではなく、日常の延長として捉える取り組みでした。

震災後、そのネットワークでつながっていた人たちが、南三陸に足を運び、復幸市を支え、関わり続けてきました。

酒田の人たちが、南三陸の復幸市に足を運んでいたのも、こうしたつながりの中でのことでした。

時間をかけて育まれてきた関係が、震災という出来事を越えて、なお続き、

そしていま、令和6年7月25日の大雨災害を経た酒田へと、あらためてつながり直そうとしています。

震災前、昆野慶弥さんとともに、まちづくりに取り組んでいた私。
そして震災後、宮城と山形の女性たちの交流の場で、酒田の友人と出会いました。

2011年1月。
震災前の南三陸町・志津川で開催された「寒たらまつり」


それぞれ別の時間、別の場所で生まれたご縁が、いま、ひとつの線となってつながっていきます。

ばらばらに見えていた出来事が、ひとつの線になり、

時間を越えて、もう一度、動き出している。

だから私は、この“旅する石”を、酒田へ届けたのです。

想いをのせて、また誰かのもとへ届くように。

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