【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

現在の支援総額

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52%

目標金額は1,000,000円

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【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

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南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

ワロックの体験会の会場を探していた、あの日。「八幡さまを使ってください」真弓さんのその一言から、すべてが動き始めました。ワロック体験会の場所を探していた私たちに、真弓さんがそっと差し出してくれたのが、八幡さまでした。そのやさしいご提案に背中を押されるように、私たちは八幡さまへ打ち合わせに向かいます。——その、すぐあとでした。南三陸町の復興を取材している記者さんが、同じように八幡さまを訪れていたのです。まるで、何かに導かれるようなタイミングでした。その場で真弓さんは、機転をきかせてこう提案します。「それなら、3.11の前に、ここでワロック体験会をやりましょう」私たちはこれまでも、南三陸で毎月ワロック体験会を続けてきました。だからこそ、その流れを受けて、記者さんは11月から取材をスタート。さらに、ここにもうひとつのご縁が重なります。記者さんは、秋田の放送局。そしてワロックは、秋田が発祥。まるで点と点がつながるように、ワロックにフォーカスした取材が始まっていきました。ひとつの「やってみよう」が、人と人をつなぎ、物語を動かしていく。ここから、奇跡のような出来事が、静かに、確かに、始まっていきます。そしてこの流れは、やがて——「防災風呂敷」という、命をつなぐ取り組みへとつながっていきます。この物語の続きを、どうか一緒に見届けてください。


梅の木からはじまった、この一連の出来事。咲くはずだった花の色。森で見守られていた時間。そして、龍神さまとしてあらわれた姿。それらは、偶然ではなく、ひとつの「いのちのめぐり」として、静かに、確かにつながっていました。枝は、色となり、布へ。その色は、誰かの暮らしの中で、もう一度ひらいていく。そして今――幹のほうもまた、次のかたちへと進みはじめています。製材所で丁寧に切り出された梅の幹は、これから、熊本から登米市へ移住してきた地域おこし協力隊・木工支援員さんも加わり、手に触れるかたちへと、生まれ変わっていきます。ひとつの命が、色となり、布となり、木工としてかたちを変え、人の手の中へと、受け渡されていく。切られて終わりではなく、使われることで、触れられることで、記憶されることで、いのちは、別のかたちで生き続けていく。そして――この物語は、防災風呂敷へとつながっています。あの日、森で見た色。咲かなかった花の色。龍神さまのように感じた、あの強いエネルギー。それらはすべて、いのちを守り、いのちをつなぐための布として、かたちを変えて、あなたのもとへ届けられようとしています。防災風呂敷は、ただの備えではありません。それは、いのちを受け取り、いのちを手渡していくための、ひとつの“行動”です。この物語に、あなたも、参加していただけませんか。 この一枚を手にすることが、いのちをつなぐ一歩になります。


「梅の木が、龍神さまに見えたんです」そう言って送られてきた一枚の写真。そこに写っていたのは、長く横たわる梅の幹。けれど不思議と、ただの木には見えませんでした。うねるような姿。地を這うような流れ。まるで、いのちがそのまま、かたちを変えて現れているような――龍神さま、あらわる。そんな存在感がありました。あの日、森で見た赤。切られたばかりの断面に宿っていた、あの鮮やかな色。それは、ただの樹液ではなく、これから咲くはずだった花の色であり、そして、いのちの奥からあふれ出た、強いエネルギーのようにも感じられました。「龍神さまだったんですね」ゆっきーさんのその一言で、すべてが静かにつながっていきます。「赤龍」は、火のエネルギー。情熱的な行動力をもたらす存在。もし、この出来事に意味があるとしたら――それはきっと、“進みなさい”という後押し。紅梅は、切られて終わりではなく。枝は、染めとなって布へ。幹は、手に触れるかたちへ。そして、そのいのちは、次へとめぐっていく。ゆっきーさんは、切り株に養護剤を塗り、「ここからまた、新しい芽が出ますように」と、そっと願いを込めてくれました。そして、その色は――スカーフになりました。咲かなかった花の色が、いま、やさしくひらいている。「天女の羽衣みたいだね」そう言ってくれたのは、19歳の息子さん。その言葉に、この出来事の意味が、ふっと重なります。これはただの布ではなく、いのちを受け取り、身にまとうもの。「これからは、この梅の命と共に」そう綴られた言葉に、すべてが込められていました。そして、あとから届いたもう一つの言葉。「なぜか涙があふれてきました。きっと梅の木の精からの涙ですね。感謝の涙です。」龍神さまとして現れた紅梅は、咲かなかった花の色を、別のかたちで咲かせながら、いま、暮らしの中で、やさしく息づいています。終わりではなく、はじまりとして。別れではなく、めぐりとして。そのいのちは、いまも、確かに続いています。 この“命のめぐり”を、あなたも受け取ってみませんか。


ゆっきーさんは、椿の枝をいただきに、鎮守の森へ向かいました。椿の枝を、そっといただくその手の先には、これから色になる“いのち”静かに手を伸ばしながら、足元に目をやると――そこには、伐採されてしまった梅の木がありました。無造作に積まれた枝。その断面には、まだ乾ききらない、鮮やかな赤。それは、本来なら、花の色になるはずだったもの。まだ咲いていないのに。まだ終わっていないのに。けれど、その色は、確かにそこにありました。ゆきえさんは、その梅の枝を染めることにします。咲くことのなかった色を、もう一度、布の上に咲かせるために。咲かなかった花の色は、かたちを変えて、もう一度めぐりはじめる。太い幹は、また別の表情を見せていました。切り口にあらわれた年輪の美しさに、真弓さんは、こう言いました。「コースターか、なにかにできないかな」命は、ひとつのかたちだけで終わらない。枝は色へ。幹は、手に触れるものへ。そのすべてを受け取りに、アダチは、梅の幹をいただきに向かいました。製材所で加工してもらうために。手を合わせ、かみさまに、ご挨拶をして。鎮守の森を、そっとあとにしようとした、そのとき。ふいに、気配がありました。振り返ると、そこにいたのは――かもしか。音もなく、ただ、こちらを見ている。驚くでもなく、逃げるでもなく。ただ、そこに在るものとして、静かに、こちらを見つめていました。森の奥から、見送るように。あるいは、確かめるように。森をあとにしようとした、その時。静かに、見ている存在がいました。枝が切られたことも。幹が運ばれていくことも。そしてそれが、次のかたちへとつながっていくことも。すべてを、知っているかのように。やがて、かもしかは、静かに森の奥へと消えていきました。あの日の出会いは、ただの偶然ではなかったのかもしれません。咲かなかった花の色が、布へと移り。幹が、誰かの手に触れるかたちへと生まれ変わる。その営みを、森のいのちが、そっと見届けてくれていたのかもしれない。花として咲かなくても、いのちは、ちゃんとめぐっていく。かたちを変えて。役割を変えて。この防災風呂敷にも、そんな「色になる前のいのち」が、確かに息づいています。どうかこの一枚を、あなたの暮らしの中へ。そして、次の誰かへ。この“めぐるいのち”を、次へつないでいただけませんか。


まだ咲くはずだった花が、枝のまま積まれている――その光景から、この物語は始まりました。初めての打ち合わせ。あらかじめ染めていた試作の布。1番染め、2番染め、3番染め。そのやさしい色に、真弓さんは、思わずうっとりと見入っていました。八幡さまの鎮守の森から、試しに椿の枝をいただき、どんな色が出るのか、試してみることに。ゆっきーさんが、「次回は本格的に染め液を抽出するので、また枝をいただきに行きますね」と連絡をすると――「境内の整備で、咲いていた紅梅が伐られてしまって…」「まだ咲くはずだったのに、枝のまま山積みになっていて…とても悲しくて」その言葉に、ゆきえさんは、すぐに応えました。「命、布に繋ぎましょう!」本来なら、役目を終えてしまうはずだった枝。けれどその中には、これから咲こうとしていた“いのち”がありました。防災風呂敷も、椿染めの色を意識してつくられています。そこには、こうした「命をつなぐ想い」が、確かに重なっています。紅梅の枝も、これから芽吹く桜のつぼみも。その一つひとつに宿る命は、かたちを変えながら、めぐっていく。この風呂敷は、ただ“備えるための道具”ではありません。命を想い、つなごうとする人の手から、あなたの手へと渡るものです。どうかこの一枚を、あなたの暮らしの中へ。そして、次の誰かへ。命を、めぐらせていきましょう。この風呂敷を手にすることで、命をつなぐ物語に、あなたも加わります。


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