【岩見沢ねぶた祭を100年先へ!】祭の技と夢と心のバトンを次世代へ繋ぐ。

2021年から毎年8月に北海道岩見沢市で実施している「岩見沢ねぶた祭」の技術を後世に伝え、担い手を育てていくためのプロジェクトを行います。 祭のお囃子技術やねぶた制作技術を、子ども達や市民に伝える機会・環境を整えることで、100年先に祭を繋ぐための土台を作っていきたいと考えています。

現在の支援総額

399,500

7%

目標金額は5,000,000円

支援者数

48

募集終了まで残り

25

【岩見沢ねぶた祭を100年先へ!】祭の技と夢と心のバトンを次世代へ繋ぐ。

現在の支援総額

399,500

7%達成

あと 25

目標金額5,000,000

支援者数48

2021年から毎年8月に北海道岩見沢市で実施している「岩見沢ねぶた祭」の技術を後世に伝え、担い手を育てていくためのプロジェクトを行います。 祭のお囃子技術やねぶた制作技術を、子ども達や市民に伝える機会・環境を整えることで、100年先に祭を繋ぐための土台を作っていきたいと考えています。

私は生まれも育ちも青森市で、物心ついた時からねぶたがありました。

家の目の前をねぶたが通るというすばらしい立地に恵まれ、小さい頃から熱狂的なねぶた祭を毎年楽しみにしていました。

幼稚園の頃は兄と自転車を10分ほど漕いでねぶた小屋を見に行って絵を描いたり、解体の時にはねぶたの一部をもらいに行ったりしていました。今考えると、よくあんなに炎天下で通っていたなーと思います。

小学校に入ると、地域ねぶたに参加することができるようになり、そこで初めてお囃子を演奏する側になりました。小さい頃は身体中に響くような大きな音が怖かった太鼓を自分で叩き、大きな掛け声で観ている人を巻き込むのがとても楽しくてたまらなかったのを今でも覚えています。冬でも太鼓のリズムを口ずさむほど太鼓が好きになり、本祭にも出るようになりました。難しいところもあったけれど憧れの場所で太鼓を叩けて幸せでした。

高校は地元の青森を離れ、ねぶたに接する機会がなくなりました。ねぶたのシーズンになると喪失感を感じ、親から送られてくるねぶたの写真を見て「ねぶた行きたいなー。」と、しんみりしていました。岩教大に進路が決まり岩見沢について調べると、ある記事を見つけました。それは、「岩見沢ねぶた祭」について。岩見沢にねぶたがある。しかも学生主体。

3年間ねぶたから離れていた私は「俺がやるしかない。」と本能的に責任感を感じ、身体に衝撃が走りました。


大学に入学し、当時の実行委員長であるハヤトくんに1人で「ねぶたやりたいです」と気持ちを伝えに行きました。実際に活動に携わり、異なる専攻の学生が「ねぶた」をツールとして一生懸命岩見沢を盛り上げようとしている、そんな姿を実際に見て「岩見沢ねぶたって、おもしろい。」と感じました。


そんな岩見沢にはいいところがあります。それは「ちょうどいい」ってことです。岩見沢って、「ちょうどいい」んです。必要最低限のお店があり、不自由なく生活できるし、札幌方面にも、旭川方面にも、ちょっと頑張ればどこへでも行けちゃいます。もうちょっといろんなお店ができてくれたら嬉しいのですが(笑)

あとはとにかく人が良くて優しい!何かと助けてくれることが多い!けど、ちょっとシャイ。お祭りの時もシャイな人が多いので祭のときはもっとはっちゃけてほしいんです!めっちゃ煽ってる声が大きな男子がいたらそれは自分なので、ぜひ乗ってきてくださいね!


私が思う岩見沢ねぶたの将来の理想は、ねぶたのために岩見沢に帰ってくる人が増えたらいいなと思います。それだけ岩見沢にねぶたの文化が芽生えたら青森人としてうれしいです。

ここからは個人的な夢ですが、企業にねぶたを出してもらったり、国道12号線でねぶたを運行したり、最終的には青森ねぶた祭に岩見沢ねぶたとして出陣したい!なんて大きな夢を1人でみたりしています。



私は大学でサッカー部にも所属しており、部活動が多忙でなかなか活動に参加できないのですが、ねぶたの仲間たちはそんな自分を理解し、いつも歓迎してくれます。いろんなわがままを言っても受け入れてくれる仲間には感謝しかありません。

そんな仲間のためにも、本場のねぶたを経験している自分だからこそできることを必死にやっているつもりです。


岩見沢ねぶたプロジェクト囃子方 岩鳴  川村 晃生

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