
私は、大学に進学してから初めて「ねぶた」というものに触れました。
最初は、岩見沢ねぶたプロジェクト実行委員会の紹介が授業内であり、それがきっかけで所属を決めました。「今でしかできない、ここでしかできない」と思い、参加を決めました。早くも参加して今年で 3 年目になりますが、この活動は、今しか、ここでしかできない経験だと活動を通して感じました。

1年目も2年目も新しく、新鮮な気持ちでいっぱいで、目まぐるしく日々は過ぎていきました。私が、この活動を続ける理由には、やはり「ねぶたを制作する」ということが 1 番に挙がります。当初は、大学生だけでねぶたなんて作れるのなどと疑問や不安といった気持ちが沢山あったと思います。実際にねぶたを作ってみて感じたことは、「作るのはやっぱり難しい、けどそれ以上に楽しいしやりがいがある」です。先輩方が作り方を丁寧に教えてくれて、最初は上手くいかなくても、続けていくと容量が掴めるようになっていきました。針金でねぶたの形を作り、そこに和紙を張り、色を塗る。私も含め、実行委員一同、こだわりを持って作っています。十分な人が集まらず制作の進みが遅くなっているときも、皆で励ましながら、必死になって取り組んでいたのも、思い出だと感じています。それでも、ねぶたのクオリティを下げないように丁寧にでも速く制作していました。
実際に本場の青森に、ねぶた制作の現場を見学にも行きました。私は本場のねぶたを見るのが初めてだったのですが、想像していたより何倍も大きく、力強さと美しさに息を呑みました。その時は紙貼りの行程だったのですが、しわが一つも寄らず、本当につるんとしていました。絹豆腐のように滑らかで、柔らかそうにまで思えました。針金は綺麗な円弧を描いており、ブレなんて一つもありませんでした。あの感動はかなりの制作へのモチベーションに繋がったと思います。プロの技を間近で見て活かせることは何でも活かしたい、はっきりそう思いました。
1 年生の時、ねぶたの完成に携われた時、本当に達成感、感動を味わいました。作り始めて約 3 ヶ月長いようであっという間でした。締め切りが近くて焦った時も、制作が上手くいかない時も、皆で鼓舞し合いながら乗り越えてきました。そこには必ず情熱が灯っていたと思います。
大勢で 1 つのことに真正面から突き進んで、何かをやり遂げる。改めて思うと、人生でこれを経験できるのは僅か数回なのではないかと思います。同時に 1 つのことに夢中になれる、これって容易くできることではないと思います。

ねぶたは、「青森のもの、青森でやるもの」と今までは感じていました。ですが場所は関係なく、現地の方と同じくらい、それ以上に岩見沢にいる私たちにも情熱があります。私の場合は、道外出身でねぶたに縁もゆかりもありませんでしたが、今こうやって岩見沢ねぶたプロジェクトとして活動しています。
ねぶたは見る人を必ず虜にしますし、ましてや作る人なんてもっともっと虜にさせてしまうと思います。今日では、岩見沢ねぶた祭の認知度が高まっています。この情熱の輪をもっともっと広げていきたい、岩見沢市外の方々にも知っていただきたい、そして長く続くお祭りにしたい、本当にそう思います。
やる気、情熱に溢れる人が集まるので、新体制になっても、ねぶたに対する情熱が冷めることはないと思います。それは、これからもそうだと確信しています。

この祭りを 10 年、50 年、100 年と続けていけるようにしていくためにも、今できること今しかできないことを見つけて取り組んでいきたいです。私は実行委員としてあと 2 回ねぶた祭りに携わることができます。積極的に行動して、貢献したいと思います。今年は、去年よりもフットワークを軽くして、何でも取り組んでいきます。
大事な事なので 2回言いますが、ねぶたに縁もゆかりもない生まれの私が、こんなにもねぶたに魅了されているんです。
ねぶたの魅力は底を知らない、計り知れないものだと自信をもって言えます。これからも、ねぶたに対して情熱を宿し、岩見沢ねぶた祭りを盛り上げていきます。その手伝いができること、携われること本当に誇らしく思います。
山﨑 樺乃



