
お祭りはなくても、人は物理的に不自由なく生きていけるはずです。それでも、なぜお祭りは地域に根づき、残り続けるのか?
岩見沢ねぶた祭に関わる中で、私は何度もそのことを考えてきました。
最初は正直、「一緒に活動しているメンバーが好きだから」それだけの理由で活動していました。
でも気づけば、「この祭をなくしたくない」と本気で思う人たちのそばにいる内に、私自身も同じ気持ちを抱くようになっていました。
お祭りは、ただの『イベント』ではありません。人が集い、技術や文化が何度も受け継がれ、『またここに帰ってきたい』と思えるような場所をつくりだせるものだと思います。

お祭りはなくても生きていける。でも、もしなくなったら、きっと私たちの中で、何かがぽっかり欠けてしまう。お祭りとは、そんな心の拠り所なんだと思います。
青森で初めてねぶた祭を見たとき、その理由が少し分かった気がしました。ねぶたをつくる人、動かす人、魅せる人。そして、それを全力で受け止める街の人たち。
お祭りは必ずしも、「必要だから」残るのではなく、「人と人との関係や想い」によって、生かされ続けているのだと感じました。
私は昔から岩見沢に住んでいるわけではありません。札幌から通っているだけの大学生です。それでも、岩見沢とねぶた祭があったから、これまでの大学生としての3年間を、こんなにも濃く、彩ることができました。
大学の夏は、毎年岩見沢ねぶた祭で一色でした。制作が間に合わなくて焦ったり、運営に不安になったりしながらも、「来年もこの景色が見たい」その気持ちだけで走り続けてきました。きっと、実行委員のみんなも同じだったと思います。
岩見沢は、学生の挑戦を受け止めてくれる街です。名前も知らない私たちの話を聞いて、応援してくれる人がたくさんいました。気づけば、私にとってこの街そのものが大切な場所になっていました。
でも、岩見沢ねぶた祭は、決して最初から恵まれた環境で行われているわけではありません。道具や材料が十分に揃わず、本来向き合うべき制作や継承の時間が削られてしまうこともあります。
今の世代が卒業したら終わってしまう祭りにはしたくありません。
技術も、想いも、ちゃんと次につないでいきたい。そのためには気持ちだけではなく、続けていける環境そのものが必要です。悔しいですが、環境整備はまだ道半ばです。

私は今年で4年生になります。学生として関われるのは、最後の年です。だからこそ、今年は一年を通して岩見沢ねぶたと全力で向き合い、微力ながら、将来的に岩見沢ねぶた祭が少しでも運営しやすくなる体制を残したいと思っています。
そして、最終的に私が岩見沢ねぶた祭を残したいのは、お祭りそのもののためだけではありません。
この祭りを通して、人が集い、挑戦し、そしてまた帰ってこられる場所としての「岩見沢」そのものを、未来に残したい。
そう心から思っています。
岩見沢ねぶた祭を、100年先へ!!
副実行委員長 鎌田 綾花



