
多文化人材活躍支援センター・山路です。プロジェクトは、残り2日となりました! 支援総額も80万円を超えました! ご支援いただいた皆様、本当にありがとうございます! 最後までご支援どうぞよろしくお願いします!
きょうは、私のもう一つの顔を紹介します。私は、2024年2月5日に、能登半島地震の支援で、九州から石川県入りをしました(あす30日に詳述する予定です!)。輪島市で全戸調査をするというプロジェクトの事務局を担当しました。
プロジェクトを6月末で終え、どうするか。もちろん、そのまま九州に戻って活動するという選択肢はありました。しかし、輪島がどう復興していくのか、国際課、国際交流協会のない土地で外国人は取り残されないか―。その不安があり、輪島で活動を継続することを模索していました。その際に声をかけてくれたのが、輪島市社会福祉協議会でした。現在、平日は輪島市社協で生活支援相談員として勤務し、アフターファイブや週末を使って、外国人支援の活動をしています。
昨年7月、JICA海外協力隊の経験を生かした活動をしているとして「第3回社会還元表彰」審査員特別賞(災害支援)をいただきました。その関係で、私の活動をビデオで紹介いただいたので、ぜひご笑覧ください。
輪島市社会福祉協議会では、輪島市災害たすけあいセンター見守り・相談支援班として、在宅で生活を続ける方の見守り・相談支援事業を展開しています。私は、見守り支援員が訪問して取ってきたデータを分析し、次なる戦略や広報を練ることを任務としています。
外国人が「先生」となり、地域コミュニティの分断を防ぐ「コミュニティお助け隊」の活動は、輪島で生活する方の「生の声」を直接聞く中で出てきた発想でした。「広域避難する人が多くて、集落から人がいなくなった」「仮設住宅でも隣の人と話したことがない」「豪雨で泥がついて農作業に行けんから、『テレビの番』ばかりしとる」…。社協の調査でも、「定期的な通いの場がなくなった」と話す人が4割を超えています。家にこもりきりになれば、認知機能や身体機能は低下してしまい、あげくは孤独死などにもつながってしまいます。
そこで、「母国の料理をつくるから、一緒に食べようよ」と外国人が呼び掛けることができないか。そんな発想から生まれたのが、コミュニティお助け隊の構想でした。外国人にとっても、職場と家以外の居場所が生まれ、自己有用感を高めてくれるのではないか、そして、外国人と地域住民が相互に見守り合えるような関係性をつくれるのではないか―。そんな思いから、活動をしています。
うれしいことに、私が社協で働くことで、同僚たちも「外国人は市民」ということを、意識してくれています(上記のビデオの5分くらいからの部分をご覧ください)。
よそ者として入った地域で、だんだんと復興の地域づくりが「我が事化」していく。この感覚は、フィリピンに入って信頼関係を築き、地域づくりに勤しんだJICA海外協力隊の経験が活かされたことだとも感じています。
良ければ、私が輪島市社協で毎月つくる広報紙「あいちゃん通信」や、令和6年度の活動報告書などをご覧ください。



