
今日も活動報告をご覧いただき、ありがとうございます。
稲岡です。
今日は、自分でカレッジを立ち上げることになる前の段階、なぜ講師になったかをお話させていただきます。
京丹後で『実務者研修』を開講できるようになって数年が経ち、地元で受講できる環境が定着してきました。受講にかかるスタッフの金銭的・時間的な負担を最小限に抑えられるようになり、一安心していた頃のことです。
京丹後市で『実務者研修』を継続していくのに新たな課題が浮上しました。
「そちらで講師を立ててもらえませんか?」
提携していた大手カレッジから、「京丹後へ講師を派遣し続けるのが難しくなってきた」という相談を受けたのです。
同時に「丹後エリアに講師ができる人はいないか?」と訊かれましたが、心当たりはなく「居ません」と答えました。するとカレッジ側から、「それなら、そちらの法人から講師になってくれる人を出してもらえないか」と打診を受けることになったのです。
その話を聞いた私の上司は、私に対して「お前が講師をしろ」と言いました。
私はもともと人前で話すことが苦手で、人に教えるという仕事には全く興味がありませんでした。というよりしたくありませんでした。裏方として環境を整えることには使命感を持っていましたが、自分が教壇に立つことなど考えたこともなかったのです。
正直、やりたくはありませんでしたが、組織としての指示もあり、最終的には「しょうがなく」講師を引き受けることになりました。
こうして『講師』への道を歩みはじめました。この不本意ながら始めたことが、後の活動にどう繋がっていくのか。
今日はここまでです。 次回は、講師をし始めた頃のお話をさせていただけたらと思います。



