【京丹後・名古屋・日光! 怒涛のロードムービー開幕】 「あのわかりやすい学びを届けたい!」 そうと決まれば、そこからは早かったです。 私の「即決・即実行スタイル」は昔から変わりません(笑)。 すぐに理事長に掛け合い、稲岡を非常勤講師として迎え入れる承諾を取り付けました。 目前に迫る日光でのスクーリング。 実は、そこですぐに稲岡を教壇に立たせたわけではありません。その時のメイン講師は「私」だったからです。 そこで始まったのが、稲岡による「私への猛特訓」でした。 「僕のやり方を、そのままコピーしたらエエやん」 その言葉通り、毎晩のようにオンラインを繋ぎ、稲岡の授業をひたすら聴いて叩き込まれる日々。 ただでさえ新しい概念ばかりで、私の頭は完全にパンク寸前……いや、ほぼパンク状態でした。 そんなギリギリの私と関わっていて見かねたのか「栃木にボクも行くか~」と、稲岡が言い出したのです。 日光の開講は本当に怒涛の展開でした。 なんと稲岡は、自分の拠点である「京丹後(京都)」を出発し、「名古屋」に寄って私を拾い、そのまま一気に「日光(栃木)」まで行ったのです。 日光に無事着いて良かった…で終わりではないんです…そこから授業が始まるのです。 9時間の初日の授業を終えて(その日の夜は早く休んでいましたが)次の日も9時間の授業をし、終わったらすぐに、せっかく遠くまで来た日光を後に名古屋経由で丹後へ帰るという強行軍をやってのけたのです。 ほぼ寝ずの運転をしながら次の授業の話を助手席で聴きながら「この人、体力どうなってるの……?」と呆れつつも、その圧倒的なサポートにどれほど心強く助けられたことか。 こうして、京丹後・名古屋・日光を駆け抜ける、急ごしらえの「即席チーム」による初めてのスクーリングが幕を開けたのです。




