西陣織の名門、龍村美術織物の初代龍村平藏は1876年(明治9年)に大阪の両替商の家に生まれ、1894年(明治27年)、18歳のとき京都で織物業を始めました。
西陣織にジャカード機による機械化の波が押し寄せる中で、初代は織の技術開発だけでなく図案の重要性にいち早く着目し、若い画家たちを多数起用し、従来にない画期的なデザインの織物制作に取り組んだのです。
堂本印象は京都市立美術工芸学校図案科を1910年(明治43年)に卒業しますが、父の事業失敗と死去により、家計を支えるため図案家として働き始めます。
大阪三越図案部を経て、龍村平藏の織物店で帯の図案制作にたずさわりました。
初代は堂本印象を図案家として招き入れており、当時誰もやったことがないような新しい表現を常に模索していたといいます。
龍村の店で図案家として活躍しながらも、印象は画家になる夢を捨てていませんでした。ここに両者の関係の核心があります。かねてからその才能を認めていた龍村による支援を受け、1918年(大正7年)、26歳の時、遂に京都市立絵画専門学校に入学しました。
10万円のリターンには、龍村美術織物のポーチを用意しました。
印象と初代龍村平藏との絆を象徴する龍村のポーチを手にしながら、巨匠の創造の原点「山のアトリエ」の復活を応援してみませんか。




