消えゆく創造の源を救いたい!日本画の巨匠・堂本印象の「山のアトリエ」復活への挑戦

キャンプファイヤー 寄付型のバッヂ

日本画の巨匠・堂本印象が、最高裁判所大法廷に飾る巨大壁画(三部作)を制作するために造った「山のアトリエ」。建築から75年を経たアトリエは老朽化が進み、このままでは文化財としての価値を維持することが困難な状況にあります。この空間を、次世代へ確実に引き継ぐためにリノベーションを行います。

現在の支援総額

2,263,000

45%

目標金額は5,000,000円

支援者数

85

募集終了まで残り

38

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消えゆく創造の源を救いたい!日本画の巨匠・堂本印象の「山のアトリエ」復活への挑戦

現在の支援総額

2,263,000

45%達成

あと 38

目標金額5,000,000

支援者数85

日本画の巨匠・堂本印象が、最高裁判所大法廷に飾る巨大壁画(三部作)を制作するために造った「山のアトリエ」。建築から75年を経たアトリエは老朽化が進み、このままでは文化財としての価値を維持することが困難な状況にあります。この空間を、次世代へ確実に引き継ぐためにリノベーションを行います。

西陣織の名門、龍村美術織物の初代龍村平藏は1876年(明治9年)に大阪の両替商の家に生まれ、1894年(明治27年)、18歳のとき京都で織物業を始めました。

西陣織にジャカード機による機械化の波が押し寄せる中で、初代は織の技術開発だけでなく図案の重要性にいち早く着目し、若い画家たちを多数起用し、従来にない画期的なデザインの織物制作に取り組んだのです。

堂本印象は京都市立美術工芸学校図案科を1910年(明治43年)に卒業しますが、父の事業失敗と死去により、家計を支えるため図案家として働き始めます。

大阪三越図案部を経て、龍村平藏の織物店で帯の図案制作にたずさわりました。 

初代は堂本印象を図案家として招き入れており、当時誰もやったことがないような新しい表現を常に模索していたといいます。 

龍村の店で図案家として活躍しながらも、印象は画家になる夢を捨てていませんでした。ここに両者の関係の核心があります。かねてからその才能を認めていた龍村による支援を受け、1918年(大正7年)、26歳の時、遂に京都市立絵画専門学校に入学しました。

10万円のリターンには、龍村美術織物のポーチを用意しました。

印象と初代龍村平藏との絆を象徴する龍村のポーチを手にしながら、巨匠の創造の原点「山のアトリエ」の復活を応援してみませんか。



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