声が溢れ、つながり、小さな挑戦が巡る。福島県田村市にYOHAKU食堂をつくりたい

福島県田村市に、料理人が手がける和食を中心に、昼は定食、夜は藁焼きや一品料理を楽しめる小さな食堂「YOHAKU食堂」を立ち上げます。ごはんを囲む日常の中で、人の声がこぼれ、残り、誰かの小さな挑戦につながっていく。そんな「食堂から始まる挑戦の場」を、一緒につくる仲間を募集します!

もうすぐ
終了

現在の支援総額

926,000

30%

目標金額は3,000,000円

支援者数

89

24時間以内に5人からの支援がありました

募集終了まで残り

7

声が溢れ、つながり、小さな挑戦が巡る。福島県田村市にYOHAKU食堂をつくりたい

もうすぐ
終了

現在の支援総額

926,000

30%達成

あと 7

目標金額3,000,000

支援者数89

福島県田村市に、料理人が手がける和食を中心に、昼は定食、夜は藁焼きや一品料理を楽しめる小さな食堂「YOHAKU食堂」を立ち上げます。ごはんを囲む日常の中で、人の声がこぼれ、残り、誰かの小さな挑戦につながっていく。そんな「食堂から始まる挑戦の場」を、一緒につくる仲間を募集します!

YOHAKU食堂のクラウドファンディングを応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

このクラウドファンディングも、残り8日となりました。

日々、活動報告にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


今日は、YOHAKU食堂の料理長として一緒に立ち上げを進めている、けんちのことを書きたいと思います。


僕とけんちは、幼稚園からの幼なじみです。

鼻に何か突っ込んでいるのは気にしないでください(笑)

小学校も中学校も一緒でした。

一度も同じクラスになったことはありませんし、部活もけんちはサッカー、僕はバスケで、全く接点はありませんでした。


ただ、家が近かったこともあり、中学校の頃にはスケボーをして一緒に遊んでいた記憶があります。

僕が東京に進学し、福島に戻ってきた頃、たまたま二人で軽自動車に乗って会津に行く機会がありました。

そこからまた、少しずつ遊ぶようになりました。

高校が違ったので、けんちがなぜ料理人になったのか、当時の僕は詳しく知りませんでした。

後から聞いた話では、僕の母が給食センターで働いていて、その姿にも影響を受け、料理の道を目指すようになったそうです。

料理の世界は、決して簡単な世界ではありません。

それを分かった上で、けんちはその道に進みました。


20代前半、普通なら一番遊びたい時期だったと思います。

でもけんちは、本当に休みも少ない中で、朝から晩まで料理の現場に立ち続けていました。

当時は月に1、2回しか休みがないような時期もありました。

それでも、料理にひたむきに向き合っていました。


僕の母は、けんちとも仲が良く、けんちが働いていた日本料理のお店にもよく食べに行っていました。

家族ぐるみで、けんちの料理を食べに行っていました。

その後、母は若くして癌を患い、亡くなりました。


でも、最後までけんちのつくる料理を食べに、お店に通っていました。


僕にとって、けんちの料理は、ただ美味しい料理というだけではありません。

家族の記憶の中にも残っている料理です。


大切な人が、最後まで食べに行きたいと思った料理です。

だからこそ、僕はけんちの料理を、ずっと特別なものとして見てきました。



そこからお互いに別々の道を歩む時期もありました。

僕も仕事で仙台にいたり、九州に行ったりして、しばらく音信不通のような時期もありました。


その間に、けんちにもいろいろなことがありました。

どこか自信を失い、この先どうしたらいいのか分からなくなっていた時期もあったと思います。


そんな時に支えてくれた人たちがいました。

一番最初の活動報告で応援メッセージをいただいたカズも、その一人です。

同じ飲食の道を歩いているカズに会いに行き、松本で和食の料理人との交流が生まれたり、アウトドアと和食を掛け合わせてみたらどうかという話が出たりしました。

そこから、外で提供する和食や、挑戦する人を支えるごはんという流れも少しずつ生まれていきました。


その後、けんちは意を決して、自分でお店を出す準備もしていました。

いつか自分の料理を、自分の場所で出す。

そのために準備を進めていた時期がありました。



でも、人生は思うように進むことばかりではありません。

けんち一人でお店をやるという夢は、その時は叶いませんでした。


料理の道を、半ば諦めかけていた時期もあったと思います。

僕自身も、20代からけんちの姿をずっと見てきました。


休みなく働きながら、朝早くから夜遅くまで料理に向き合ってきたこと。

自分の料理を追求し続けてきたこと。

それでも、自分の道を見失いそうになった時期があったこと。

料理をやめようとしたこともあったこと。



でも、それでも最後は、目の前の人に出す料理に戻ってきたこと。

食べた人が笑顔になる料理をつくりたいという想いを、手放さなかったこと。


僕は、その姿を見てきました。


だから僕は、みんなにけんちの料理を食べてもらいたい‼

そして、YOHAKU食堂をやるなら、けんちと一緒にやりたいと思いました。


失敗したら終わりじゃない。

一度うまくいかなかったら、もう挑戦できないわけじゃない。

誰かとの関係性の中で、手を差し伸べてくれる人がいて、また立ち上がれることがある。

やり続けている限り、失敗は終わりではなく、次の形に変わっていく。

いつからだって、また挑戦できる。


僕は、そういう場所をつくりたいと思っています。

僕自身も、これまで失敗の連続でした。

本当に苦しかった時期もありました。

もう無理だと思ったこともありました。


だからこそ、失敗しても何度でも挑戦できる社会をつくりたい。

もう一度やってみようと思える場所をつくりたい。


誰かの挑戦を、一人で背負わせるのではなく、関係性の中で支え合える場所をつくりたい。


それが、YOHAKU食堂の想いです。



今、けんちはトレイル飯や、挑戦する人を支えるごはんにも取り組んでいます。

走る人。

山に向かう人。

何かに挑戦する人。

その人たちの身体と気持ちを支えるごはん。


それは、まさにYOHAKU食堂で届けたいごはんでもあります。

ただお腹を満たすだけではなく、人がもう一度動き出すためのごはん。

日常に戻るためのごはん。

挑戦する人をそっと支えるごはん。



その中心に、けんちの料理があります。



6月28日の一日場開きでは、けんちが「トレイル稲荷」を用意してくれる予定です。


本格的な営業ではありませんが、YOHAKU食堂の最初の一口として、けんちの料理を少しでも感じてもらえたら嬉しいです。


YOHAKU食堂は、ただ理念を語る場所ではありません。

実際にごはんをつくる人がいて、食べる人がいて、そこから関係が生まれていく場所です。


その厨房に立つのが、けんちです。

僕は、けんちの料理があるから、YOHAKU食堂はちゃんと食堂になれると思っています。



そして、けんちと一緒だからこそ、失敗しても終わりじゃない、いつからだって挑戦できるということを、この場所で伝えていけると思っています。




クラウドファンディングは、残り8日。

最後まで300万円を目指しています。


YOHAKU食堂が開いたら、ぜひけんちの料理を食べに来てください。

「けんちの料理を食べてみたい」

「YOHAKU食堂が開いたら行ってみたい」


そう感じてくださった方は、食べに来る約束として応援いただけたら本当に嬉しいです。


ご支援、シェア、ご紹介で、引き続き応援よろしくお願いいたします。


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