注目のリターン
ごはんを囲む日常の中で、失われていた声が戻り、人がつながり、小さな挑戦が巡っていく食堂をつくります。
正解や情報は溢れているのに、「自分は何をしたいのか」「本当はどう生きたいのか」という声は、むしろ見えにくくなっている。YOHAKU食堂は、そんな時代に、ふとこぼれた一言がその場で消えずに残り、誰かとつながり、小さな一歩へ変わっていく日常を、福島県田村市につくろうとする挑戦です。
ここで生まれてほしいのは、立派な事業や大きな夢だけではありません。「ちょっと気になっていたことを話してみる」「同じ想いの人とつながってみる」「小さく試してみる」そんな軽やかな一歩が、日常の中で自然に生まれていくことです。
YOHAKU食堂がつくりたいのは、ただ食事をする場所ではありません。ごはんを入口に、人の声が残り、つながり、挑戦へ変わっていく場です。
そしてそれは、誰かの想いや挑戦が一人の頑張りで終わらず、地域の中で受け止められ、次の一歩につながっていく空気を育てるための挑戦でもあります。


① 食べる
ごはんを囲み、ほっとできる時間を過ごす。
② 残す
今の気持ちや、やってみたいこと、気になっていることを問いのボードやQRで残す。
③ つながる
残された声に共感や対話が生まれ、小さな挑戦へつながっていく。
夕方、ふらっと食堂に立ち寄る。ごはんを食べながら話しているうちに、誰かがぽつりと本音をこぼす。
「実は、気になっていたことがある」「本当は、ちょっとやってみたいことがある」
その声は、その場で流れて終わりません。問いのボードや対話を通して残り、誰かに受け取られ、小さな一歩につながっていきます。
大きな決意はいりません。少し話してみること、少し動いてみること。YOHAKU食堂は、そんな小さな一歩が日常の中で生まれていく場を田村市につくろうとする挑戦です。
正解や情報はたくさんあるのに、自分の本音や違和感、やってみたい気持ちを安心して出せる場所は、むしろ少なくなっていると感じます。
やってみたいことがあっても、笑われそうで言えない。違和感があっても、空気を壊したくなくて飲み込んでしまう。地域の中にも想いを持っている人はいるのに、それを言葉にするきっかけや、受け止めてもらえる場がない。だから、声にならないまま消えていってしまうことが多いのだと思います。
学びの場や特別なイベントも大切です。でも、それだけでは社会の日常までは変わりにくい。本当に必要なのは、誰もがふらっと立ち寄れる日常の中で、声を置いておける場所です。
YOHAKU食堂では、店内の「問いのボード」やQRを通して、感じたこと、気になっていること、やってみたいことを、その場でも後からでも残せるようにします。

大事なのは、その声が「書いて終わり」にならないことです。日常の中でこぼれた声が誰かに受け取られ、共感や対話を通じて、小さな一歩につながっていく。YOHAKU食堂がつくりたいのは、単なる交流の場ではなく、小さな挑戦が生まれ続ける土壌です。

ここでいう挑戦は、立派な事業や大きな夢だけではありません。気になっていたことを話してみる。同じテーマの人とつながってみる。店内で小さく試してみる。そんな、小さくて軽やかな一歩のことです。

YOHAKU食堂は、地域の中で「やってみたい」「気になっている」を持ちながらも、それを出す場や受け取られる場がなく、動けずにいる人のための日常の場です。

この構想は、まだ頭の中だけの話ではありません。僕たちはすでに、街づくり法人Switchの実装の中で、小さな実験を始めています。
この実験で見たかったのは、理想を語ることではなく、人が本当に小さく動き始めるのかということでした。

最初に大事にしたのは、立派な意見を出すことではなく、安心して声を出せる空気をつくることでした。そのために、場の中では「否定しない・解決しない・評価しない」というルールを置きました。
すると、普段は飲み込んでしまいやすい「気になっていること」や「やってみたいこと」が、少しずつ言葉になっていきました。
実際に出てきた声は、たとえばこんなものでした。
・場づくり、桑畑をなんとかしたい
・やりたいことをやる
・カメラで田村を笑顔にしたい
・空き家をなんとかしたい

次の週には、出てきた声を一緒に見ながら、近いテーマごとにチームをつくりました。大事にしたのは、「すごい企画にすること」ではなく、誰となら動けそうか、何ならまず小さくやれそうかを見つけることでした。
その結果、場の中から実際にいくつかのテーマが立ち上がり、それぞれが少しずつ動き始めています。
① 場づくり
「桑畑をなんとかしたい」という声から、まず現地を見に行く動きが生まれました。
そこから活用方法や6次化の可能性について話が広がり、次の展開も見え始めています。
② やりたいことをやる
まず卓球を実際にやってみたことで、教える・教わる関係が自然に生まれました。さらに「音楽もやりたい」という声から、実際に音楽をやってみる時間も生まれました。やりたいと思いながら形にできていなかったことが、この場では小さな行動につながりました。
③カメラで田村を笑顔にしたい
「カメラで田村を笑顔にしたい」という声から、実際に投資と行動が始まりました。
SNSでの発信を通じて情報が集まり、新しいつながりも生まれています。
④ 空き家をなんとかしたい
「空き家をなんとかしたい」という声も出てきました。すぐに大きな事業や解決策にするのではなく、まずはどんな空き家があり、誰が困っていて、どんな活用の可能性があるのかを一緒に考え始めています。
空き家という地域課題も、最初から大きな計画にするのではなく、誰かの「気になる」「何とかしたい」という声から、小さな一歩として動き出すことが大切だと感じています。

この実験を通して見えてきたのは、人には声がないのではなく、声を出してもいい場があれば、小さな行動は実際に生まれていくということでした。
2年前からやりたいと言っていたのに動けなかった「音楽」も、この場では小さく実現しました。
YOHAKU食堂で本当にやりたいのは、こうした変化をイベントで終わらせず、日常の中に根づかせることです。


はじめまして。株式会社RELIEFの菅野智教(とも)です。
数年前の僕は、ただ目の前の現実をこなすだけで精一杯でした。一生懸命やっているのに、どこか「代わりがきく存在」のように扱われる。会議で意見を言っても流される。目の前の人のために動いているのに、評価されるのは数字や肩書きばかり。そんな日々の中で、何度も自分に問いかけていました。
「自分は、本当は何がしたいんだろう?」
でも、その問いに、もう本気で答えられなくなっていました。
思い返せば、高校卒業のときに父と大喧嘩をしました。自分のやりたい道ではなく、「正しい道」を選ぶように言われたあの日から、僕は少しずつ、自分の声より「正しさ」を優先するようになっていったのだと思います。
やりたいことがなかったわけではありません。
でも当時の僕には、自分の本音を安心して出せる土台がありませんでした。
出しても届かない経験を重ねるうちに、気づけば自分で自分の声を消していたんです。
東日本大震災のあと、ボランティアの現場で出会った人たちは、その逆を生きていました。自分の人生をまっすぐに生きて、やりたいことに全力だった。そんな彼らに、何度も聞かれました。

「結局ともは、何がしたいの?」
その問いに、僕は答えられませんでした。
でも今振り返ると、仕事が変わっても、ずっと根っこにあったのは
「人の暮らしや人生を支えたい」という気持ちだったのだと思います。
最初に不動産賃貸の仕事をしていたときは、家という生活の土台に関わることで、目の前の人に喜ばれる実感がありました。
その後は、通信営業やスタッフ研修に10年以上関わり、人の成長や現場づくりに携わってきました。
震災後には、飲食店でやりたいことを形にして生きている人に出会い、「自分もこういう生き方がしたい」と思って、一度は飲食の道にも進みました。

その後、福島の自然の魅力を発信するキャンプ場を立ち上げようとしたこともありました。
でも、うまくいきませんでした。
今振り返ると、想いだけが先行してしまい、自分自身の未熟さや、事業として形にしていく力の足りなさもありました。その経験は、自分にとって本当に苦しいものでした。
その後、工場で働く時期もありました。福島に戻ってからは仕事がなかなか見つからず、100社以上受けた時期もありました。
それでも、その後は個人事業主として働きながら、キャリアアドバイザーとして就職支援にも関わるようになりました。人が「これからどう生きるか」を考える場に伴走し、その人の人生のサポートをすることに大きな意味を感じました。
そうしていろいろな経験を重ねる中で、少しずつ見えてきたものがありました。
僕が本当にやりたいのは、失敗してもまたやってみていい、本音を出しても大丈夫だと思える社会をつくることです。
一度つまずいたら終わりではなく、小さくても自分の声で動き出していい。そんな土壌を、特別なイベントではなく、日常の中から育てたいと思うようになりました。
そしてその先に目指したいのは、人が誰かの正解ではなく、自分の本音で意思決定できる社会です。
自分自身が、本音を出せる土台がないことで苦しんできたからこそ、それは個人だけの問題ではなく、町の中にそうした声を受け止める土壌があるかどうかの問題でもあるのだと感じるようになりました。
誰かのやりたいことが町の中で受け止められ、循環が生まれ、助け合いがある。そんな町なら、人はもっと自分らしく生きられるはずだと思いました。
その実感を、福島で、田村市で、日常の中から形にしたい。だから僕は決めました。もう一度、自分の本音で生きると。

今は福島県田村市で地域おこし協力隊として活動しながら、地域の人たちや仲間たちと、声が埋もれず、小さな挑戦が自然に生まれる場をつくろうとしています。
僕がつくりたいのは、うまくやれる人のための場所ではなく、まだうまく言えない人でも、自分の声を置いていい場所です。
YOHAKU食堂は、ただ食事をするだけの場所ではありません。否定されずに本音を置けて、失敗してもまたやってみていいと思えること。完璧な答えがなくても、ここにいていいと思えること。
本当に大切にしたいのは、誰かが自分の声で小さく動き出せることです。
「こんなことをやってみたい」
「本当はこう生きたい」
そんなまだ小さくて不確かな声を、否定せずに置いておける場所を、田村の日常の中につくりたいと思っています。
それが、僕がこの食堂を始める理由です。

僕がこの挑戦を最初に形にしたい場所として選んだのが、福島県田村市です。
理由は大きく2つあります。 ひとつは、ここにはまだ、人の声と小さな挑戦がつながる余白があると感じているから。 もうひとつは、僕自身がこの土地で暮らし、活動しながら、その可能性と課題の両方を実感してきたからです。
田村市は、震災や原発事故の影響、人口減少、コロナ禍を経て、人と人が自然につながる機会が少しずつ失われてきた地域でもあります。
大都市のように便利さや情報が揃っている場所ではありません。 でもその分、顔が見える距離の中で、人と人のつながりが生まれやすい場所でもあります。誰かの「やってみたい」が、ただの思いつきで終わらず、周りの人との関係の中で少しずつ形になっていく可能性が、田村にはまだ残っていると感じています。
そして、この町にはまだたくさんの余白があります。 空いている場所、まだ言葉になっていない想い、これから何かを始めようとしている人たち。すでに地域の中には、自分なりの余白を見つけて挑戦を始めている人たちもいます。
ただ正直に言うと、想いを持って動いても、それが一人の挑戦として孤立してしまう場面を感じることがあります。 何かを始めても、「やりたい人がやればいい」と見られてしまったり、応援の言葉はあっても、実際に一緒に動いたり支えたりするところまでは届かないことがある。
これは、田村だけの問題ではないと思っています。 今の社会では、やってみたいことや違和感を言葉にすることも、誰かの一歩に関わることも、少しずつ難しくなっているように感じます。
本来なら地域の希望になり得る挑戦が、一人の頑張りとして終わってしまう。 声に出した想いが、その場限りで消えてしまう。 そんな場面を、これまで何度も見てきました。
だから僕は、まず自分が暮らし、活動してきた田村市で、声や挑戦を受け止め、次につないでいく土壌をつくりたい。
声がその場で消えずに残り、一人の挑戦ではなく、みんなの挑戦として少しずつ支え合える仕組みをつくる。 YOHAKU食堂で実現したいのは、まさにそういう日常です。
「YOHAKU」という名前には、空いている場所という意味だけではなく、人の中にまだ言葉になっていない想いや、これから始まる可能性を大切にしたいという想いを込めています。

そして僕にとって福島は、ただ今住んでいる土地ではありません。 東日本大震災のあと、多くの人の生き方や挑戦に触れ、自分の人生を見つめ直すきっかけをもらった土地です。苦しい時期にも、この土地や人との出会いに何度も支えられてきました。
だから今度は、自分が返す番だと思っています。 それは派手な復興の言葉を掲げることではなく、福島の暮らしの中に、もう一度「やってみよう」と思える空気を育てることです。
僕は、復興とは建物や制度を整えることだけではないと思っています。 失われたものの大きさを抱えながらでも、人がもう一度、自分の声で一歩を踏み出せること。 その小さな挑戦が日常の中に増えていくこと。 それもまた、福島のこれからに必要なことだと思っています。
もし田村で、100人、500人、1,000人の小さな一歩が生まれていったら、町の空気は確実に変わっていくはずです。 YOHAKU食堂は、その最初の火種になりたいと思っています。
だから僕は、まず田村市から始めます。
今回、クラウドファンディングをやる理由は、単に開業資金を集めたいからではありません。
僕が本当にやりたいのは、YOHAKU食堂という一つの場所をつくることだけではなく、声や挑戦が一人で抱え込まれず、地域の中で受け止められていく流れをつくることです。
田村には、地域のために何かしたいと思っている人がいます。実際に挑戦している人もいます。でも、その想いや挑戦が地域の中で十分に受け止められず、一人の頑張りとして孤立してしまう場面を、僕は何度も見てきました。
それは、誰かの努力不足ではなく、声や挑戦を受け止め、次につないでいく土壌がまだ足りないからだと思っています。
僕自身も、これまで何度も思ってきました。
「どうせ自分には無理なんじゃないか」
「一度つまずいたら、もう終わりなんじゃないか」
「本音なんて言わない方が、楽なんじゃないか」
でも、そんな空気を次の世代に残したくありません。
僕が変えたいのは、
「どうせ無理」と諦めてしまう空気。
「失敗したら終わり」と思ってしまう空気。
「自分には関係ない」と距離を取ってしまう空気です。
だから必要なのは、ただ店をつくることではありません。
地域の中に、本音や違和感や「やってみたい」が安心して出せて、それが誰かに受け取られ、小さな挑戦として循環していく場をつくること。そして、その場を一緒に育て、関わり、支えてくれる人を増やすことです。
僕は、その最初の装置としてYOHAKU食堂を立ち上げたいと思っています。
今回のクラウドファンディングは、単なる資金集めではありません。
声が循環する場を、最初からみんなで立ち上げるための挑戦です。
なぜ300万円が必要なのか
今回のクラウドファンディングでは、300万円を目標にしています。
この300万円で、YOHAKU食堂のすべてが完成するわけではありません。
でも、開業後の最初の3か月で、
「声が出る」
「声が残る」
「声が見える形になる」
「誰かの一歩につながる」
という最初の循環を実際に動かすことができます。
正直に言えば、問いのボードやQR導線を置くだけなら、もっと少ない金額でもできるかもしれません。
でも、それだけでは声は循環しません。
大事なのは、声を残すことだけではなく、その声を受け取り、整理し、見える形にし、人と人をつなぎ、小さな一歩として動かしていくことです。
開業直後は、食堂としての営業を立ち上げるだけでも大きな力が必要です。仕入れ、営業、接客、片付け、広報、資金繰り。そこに追われるだけでは、YOHAKU食堂が本当にやりたい「声の循環」まで手が回らなくなってしまいます。
だから今回の300万円は、ただお店を開けるためのお金ではありません。
人が声を出せる空間を整え、声を残す仕組みをつくり、残った声を次の一歩につなげる運営を行い、支援してくれた人たちと一緒に、この場の最初の循環を育てていくための資金です。
ただ店を始めるだけなら、僕たちだけでも進められるかもしれません。でも、YOHAKU食堂は「みんなの声が残り、誰かの一歩につながる場」です。
だからこそ、最初から応援してくれる人と一緒に立ち上げたいと思っています。
資金の使い道
資金の使い道は、主に以下の通りです。
・声が出る空間づくり:約120万円
古材の活用、照明、カウンターまわり、掲示壁、店内のしつらえなど。人がほっとして、普段は言えない声を少し置いていける空間を整えます。
・声を残す仕組みづくり:約40万円
問いのボード、QR導線、投稿フォーム、掲示物、記録用備品など。ごはんの中でこぼれた声が、その場で消えずに残る仕組みをつくります。
・声の循環を立ち上げるための実証運営費:約60万円
これは、通常営業の売上をつくるための費用ではありません。店内に残された声を「書いて終わり」にせず、整理し、見える形にし、対話の場を開き、小さな一歩につなげるための運営費です。
内訳は以下を想定しています。
・翻訳会 / 一歩進む会の運営:約20万円
・声の整理、分類、掲示更新:約15万円
・小さな挑戦の調整、伴走、準備:約15万円
・支援者向け活動報告、記録作成:約10万円
・小さな挑戦の実験費:約30万円
店内に残った声から、小さな企画や地域での一歩を実際に動かすための費用です。材料費、会場費、備品、告知、記録などに使います。
・発信・記録・活動報告:約25万円
撮影、デザイン、印刷物、SNS素材、支援者向け活動報告など。この挑戦の進捗を見える形で届けます。
・予備費:約25万円
追加備品、価格変動、開業初期の不足対応に備えます。
合計:300万円
この資金で動かしたい「声の循環」
ごはんを囲む
↓
声がこぼれる
↓
問いのボード・QRで残る
↓
YOHAKU側が整理・見える化する
↓
翻訳会 / 一歩進む会で受け取る
↓
小さな挑戦が生まれる
↓
実施・記録・支援者へ報告する
ただ声を集めるのではなく、残った声を整理し、誰かの一歩につなげ、その過程を支援者の皆さんにも共有していきます。
YOHAKU食堂で目指している全体像は、下の図のような循環です。
食堂を入口に、人の声が残り、小さな挑戦が生まれ、地域の中で循環していくイメージです。


完成イメージとしては、古材を活用しながら、桑畑の木や、田村で生まれた声から形になった写真などを取り入れ、みんなの想いや小さな挑戦がゆるやかにつながっていく空間をつくっていきます。


この挑戦は、僕ひとりのものではありません。
料理を担うのは、後藤謙一(けんち)。場を支えるのは、小野鈴佳(おすず)。そして僕が、全体構想と仕組みづくり、発信や場の設計を担います。
菅野智教(とも)|株式会社RELIEF 代表/YOHAKU食堂 発起人
企画・全体設計・問いのボード運用・発信を担当します。
これまで、復興支援イベント、研修、飲食店やキャンプ場の立ち上げ、移住定住者向けツアー、副業人材のコーディネートなど、人が集まり、場が動き出す企画や場づくりに関わってきました。
YOHAKU食堂では、その経験を活かし、人の声が埋もれず、小さな挑戦につながっていく流れそのものを設計します。

後藤謙一(けんち)|料理責任者
はじめまして。料理・メニュー開発・現場運営を担当する後藤謙一です。
懐石料理の現場で13年ほど経験を積み、長く食の世界に向き合ってきました。これまでの中で、ランニングやトレイルランニングのエイド料理のように、誰かの挑戦を食で支える場にも関わってきました。
自分でもいつかお店をやってみたいという気持ちはありました。でも、思うように進まなかったこともあり、一人で何かを始める難しさも感じてきました。
そんなタイミングで、幼馴染のともからYOHAKU食堂の話をもらいました。「仲間となら、もう一度挑戦できるかもしれない」。そう思えたことが、僕がYOHAKU食堂に関わる大きなきっかけです。
YOHAKU食堂で目指したいのは、見た目で「おお」と驚かせる料理ではなく、食べた瞬間に「ああ、ほっとする」と感じてもらえる料理です。派手さよりも、体にすっと入って、少し力が抜けるような料理を届けたいと思っています。
料理を通して、人が安心して過ごせる土台をつくること。そして、誰かが自分の声を出したり、小さな一歩を踏み出したりできるような場を、仲間と一緒につくっていきます。

小野鈴佳(おすず)|サポート・運営補佐
皆さま、はじめまして。おすずです。
YOHAKU食堂では、接客や場の空気づくり、運営のサポートを担当します。普段は会社員をしながら、「大きな家族」のような関係性を大切にしています。
学生時代、孤独を感じたり、自分が何をしたいのか分からず悩んでいた時期がありました。そんな時に支えてくれたのは、何か特別なことをしてくれる人ではなく、ただそばにいてくれる大人たちの存在でした。
その経験から、人はひとりで頑張り続けるよりも、安心していられる関係性の中で少しずつ前に進めるのだと思うようになりました。
YOHAKU食堂には、血縁や肩書きを超えて、自然と支え合える「大きな家族」のようなつながりが生まれる可能性を感じています。世代も立場も違う人たちがふらっと集まり、話したり、ごはんを食べたりする中で、それぞれの居場所や役割、小さな挑戦が生まれていく。そんな場を一緒につくっていけることを、とても嬉しく思っています。
初めての方でも、ひとりで来た方でも、安心して過ごせるような空気を大切にしていきたいです。YOHAKU食堂で皆さまとお会いできる日を、楽しみにしています。
僕たち3人で、本気でこの場を立ち上げます。
でも、最初の応援があってこそ、この場は本当に動き出します。
だから、支援してくれるあなたにも、このチームの一員になってほしいと思っています。
YOHAKU食堂は、「支援する人」と「運営する人」にきっぱり分かれる場所ではありません。
関わり方には、いろんな距離があります。
・まずは応援として見守る
・お気に入り登録で背中を押す
・SNSでシェアする
・食堂に足を運ぶ
・ボードに声を残す
・小さな一歩に参加する
・気になった声に反応してみる
ここでは、何か大きな責任を背負う必要はありません。ごはんを食べながら一言残すことも、誰かの声に反応してみることも、立派な関わり方です。
この挑戦は、僕たち3人だけでは成立しません。最初の応援やシェア、お気に入り登録が、この場の最初の空気をつくります。
クラウドファンディングでは、最初の1週間の動きがとても大切です。だからこそ、ご支援はもちろん、お気に入り登録やシェア、周りの方への声かけも本当に大きな力になります。
今回は、現地に来て関わりたい方、立ち上がりを近くで見守りたい方、遠方から応援したい方、企業として関わりたい方まで、それぞれの距離感で参加していただける返礼品をご用意しました。ご自身に合う形で、この挑戦に加わっていただけたら嬉しいです。

もし少しでも、「そんな場所があったらいい」と思ったなら、それは、あなたの中にもまだ消えていない声があるということだと思います。
やりたいことがある。気になっていることがある。本当はこうしたい、こう生きたいという気持ちがある。でも、忙しさや正しさや遠慮の中で、その声を飲み込んできたことが、きっと誰にでもあるはずです。
そしてそれは、田村の中でも同じだと思っています。想いを持って動いている人がいても、その声や挑戦が一人の頑張りとして孤立してしまうことがある。せっかくの声や一歩が、誰かに受け止められる前に、見えないまま消えてしまうことがある。僕は、そんな空気をこのままにしたくありません。
YOHAKU食堂でつくりたいのは、そんな声を飲み込まなくていい日常です。
派手な革命ではありません。でも、こういう日常の積み重ねこそが、地域の空気を少しずつ変えていくと僕は信じています。
YOHAKU食堂は、ただの飲食店ではありません。人の声が埋もれず、誰かの一歩につながっていく日常を、田村市に立ち上げる挑戦です。
あなたのご支援は、ひとつの食堂をつくるためだけのものではありません。声を飲み込まなくていい日常を、この地域に立ち上げる最初の一票です。
この挑戦を、ひとりの想いで終わらせたくありません。誰かの声が残り、誰かの一歩につながり、地域の中に小さな挑戦が巡っていく。そんな日常を、ここから本気でつくっていきたいと思っています。
だからどうか、この最初の一歩に力を貸してください。
ご支援はもちろん、お気に入り登録やシェアも、本当に大きな力になります。

誰かの声が、誰かの一歩につながる日常を。
田村から。
最新の活動報告
もっと見る
実際の飲食店で見えた、YOHAKUの可能性|高桑 雅弘さまからの応援メッセージ
2026/06/09 21:53今日は、長野県小諸市でイタリアンバール「kozorite」を運営されている、高桑雅弘さんからいただいた応援メッセージを紹介させていただきます。高桑さんは、医師であり、料理人でもあります。平日は福井市で在宅診療医として人の暮らしに近い場所で診療に関わり、週末は小諸市でkozoriteの厨房に立たれています。最初に聞いた時は、「医師と料理人の二刀流」という印象でした。(正直聞いても信じられませんでした)でも、高桑さんの話を知るほど、それだけでは全然足りないと感じます。高桑さんが見ているのは、病気だけではなく、その人の生活そのものなのだと思います。どんな環境で暮らしているのか。誰とつながっているのか。何に困っているのか。どんなことを大切にして生きているのか。病院の中だけでは見えない、その人の暮らしや関係性まで見ようとしている。高桑さんが大切にしている「地域を診る」「生活を診る」という視点に、僕はすごく惹かれました。そして今回、小諸市のkozoriteでYOHAKUワークを実施させていただきました。これは、僕にとっても大きな実践でした。なぜなら、今までやったswitchでも、研修会場でも、特別に用意されたイベントスペースでもなく、実際に日々お客さんが来ている飲食店で行ったからです。飲食店には、すでに人の流れがあります。店主とお客さんの関係があります。常連さんの会話があります。何気ない近況報告があります。ぽろっと出る本音があります。だからこそ、そこで本当に声が出るのか。そして、その声が他の人にも見える形になるのか。僕はそこを見ていました。高桑さんからいただいたメッセージの中で、特に印象に残ったのがこの言葉です。「声の見える化」によって、店主として私だけが受け取っていた利用者のアイデアや夢が言語化され、他の誰かが受け取れる形になりました。この言葉は、かなり大きかったです。kozoriteのような場所には、日々いろいろな声が集まっているのだと思います。お客さんの夢。まだ形になっていないアイデア。誰かに話したかったこと。ちょっとした困りごと。本当はやってみたいけれど、まだ動けていないこと。そういうものを、高桑さんは店主として、そして医師としての感覚でも、日々受け取っているのだと思います。でも、それが高桑さん一人の中にだけ溜まっていくとしたら、やはり限界があります。「あの人、こんなことを言っていたな」「この人とあの人がつながったら面白そうだな」「あの話、他の誰かが聞いたら動くかもしれないな」そう感じても、日々の営業や運営の中で、すべてを覚えておくことはできません。その場にあった大事な声が、店主の記憶の中だけに残って、流れてしまうこともある。今回のYOHAKUワークで起きたのは、その声が外に出たことでした。店主だけが受け取っていた利用者のアイデアや夢が、言葉になった。言葉になったことで、他の誰かも受け取れる形になった。これは、単に「ワークショップがうまくいった」という話ではないと思っています。実際の飲食店という現場で、日々こぼれている声が見える形になった。ここに大きな意味がありました。高桑さんは、さらにこう書いてくださいました。「これが習慣化された先で、想いが多層的につながり新しいチャレンジが生まれる機会は必ず実現すると実感できました!」僕はこの「習慣化された先」という言葉が、とても大事だと思いました。一回イベントをやって終わりではない。一回だけ盛り上がって終わりでもない。日常の中で声が見えるようになる。それを誰かが見られるようになる。また別の日に、別の人がそこに自分の声を重ねる。そういうことが積み重なっていくと、場にある情報の密度が変わっていくのだと思います。飲食店は、料理を出す場所であると同時に、地域の小さな情報が集まる場所でもあります。「あの人最近こうらしいよ」「こんなことをやりたい人がいるらしいよ」「この場所、何かに使えないかな」「あの人、誰かとつながれたら動きそうだよね」そういう声は、普段からいろいろな店にあるはずです。でも、それが店主さんの頭の中だけにあると、地域の資産になりにくい。見えないままだと、他の人が受け取れない。他の人が受け取れないと、つながりも生まれにくい。今回、kozoriteで見えたのは、そこでした。店に集まっている声は、見える形にできれば、その店だけの会話では終わらない。店主だけの記憶でも終わらない。その場に来る別の人が受け取れる。「あ、それ自分も関心がある」「その人、紹介できるかもしれない」「一緒にやったら面白そう」そんなふうに、声が場の中で動き始める可能性がある。これは、YOHAKU食堂だけの話ではないと思いました。地域には、すでに人が集まっている飲食店があります。カフェがあります。宿があります。コワーキングがあります。小さな商店があります。そこには、それぞれの店主さんが日々受け取っている声がある。常連さんとの会話がある。地域の人の本音がある。まだ形になっていないアイデアがあります。もし、その声を店主さん一人が抱え込むのではなく、場の中に残せるようになったら。もし、その店に来る人たちが、他の人の声を受け取れるようになったら。地域の中にある既存の店舗が、ただ消費する場所ではなく、声や関心が重なっていく場所になっていく。そう考えると、YOHAKUの仕組みは、自分たちの食堂だけで完結するものではないのだと思いました。もちろん、どの店でも同じようにできるわけではないと思います。店主さんの考え方も、場の空気も、お客さんとの関係性も、それぞれ違います。無理に仕組みだけを持ち込んでも、うまくいかないと思います。でも、kozoriteのように、すでに人の暮らしや声を受け取っている場所では、YOHAKUの仕組みが自然に重なる可能性がある。今回、高桑さんがそれを実感として受け取ってくださったことが、僕にとってとても心強かったです。高桑さんは、医師として人の生活を見ています。そして、kozoriteという飲食店を通じて、地域の人の声にも触れています。その高桑さんから、「声の見える化」によって、店主だけが受け取っていたアイデアや夢が、他の誰かも受け取れる形になったと言っていただけた。これは、YOHAKUの可能性を外から確認してもらえたような感覚がありました。僕たちが田村で始めようとしているYOHAKU食堂は、まだ小さな一歩です。でも、小諸のkozoriteで実際に声が出たこと。そして、それが飲食店の現場で価値として受け取られたこと。さらに、他の店舗や地域の拠点にも広がる可能性が見えたこと。これは、これからYOHAKU食堂を育てていく上で、とても大きな意味があると思っています。高桑さんから、「引き続き小諸のkozoriteも協力してまいります!」という言葉をいただけたことも、本当にありがたく、心強く感じています。高桑さん、本当にありがとうございます。小諸で見えたこの可能性を、田村での実践につなげていきます。小さなきっかけがやがてみんなの一歩に繋がるように。 もっと見る
2年止まっていた「やりたい」が、30分から動き出した|伊藤大介さまからの応援メッセージ
2026/06/07 22:23YOHAKU食堂のクラウドファンディングを応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。今日は、田村市地域おこし協力隊の伊藤大介さんからいただいた応援メッセージを紹介させていただきます。普段は「伊藤ちゃん」と呼んでいる、とても身近な仲間です。伊藤ちゃんとは、田村に来てからいろいろな話をしてきました。自然が好きなこと。木に関わることに惹かれていること。インテリアやものづくりに関心があること。以前は、その興味を深めるために、一緒にリビルディングセンタージャパンへ研修に行ったこともありました。ただ、その一方で、どこかずっと「自分は何をやりたいのか」を探しているようにも見えていました。それを見るたびに、僕は昔の自分を思い出していました。何度も聞かれた「ともは何がしたいの?」この言葉が、当時の僕には本当に苦しかった。やりたいことがなかったわけではありません。でも、うまく言葉にできない。言葉にしても、すぐに「でも無理だよな」と思ってしまう。お金にならない。仕事にならない。時間がない。周りにどう思われるか分からない。そうやって、やれない理由を見つけては、自分の本音から少しずつ遠ざかっていった気がします。伊藤ちゃんも、応援メッセージの中でこう書いてくれました。「バンドをやりたい」と言いながら、忙しさを理由に気づけば2年が過ぎていました。この言葉、すごく分かります。やりたいことがないわけじゃない。でも、忙しさの中で後回しになっていく。「いつかやりたい」と思いながら、気づけば時間だけが過ぎていく。そういうことは、きっと誰にでもあると思います。そんな中で始まったのが、大ちゃん学級でした。テーマはとてもシンプルで、「やりたいことをやる!」子どもの頃のように、まずはやりたいことを出してみる。難しく考えすぎず、30分だけでもやってみる。そんな小さな始まりでした。最初は卓球から始まりました。そこから音楽の話につながり、月に一度のイベント「もちより」でアコースティック演奏をするようになり、先日は浪江町のSTUDIO B-6でイベント出演するところまで広がっていきました。はたから見たら、普通のバンド活動に見えるかもしれません。でも僕には、ものすごく大きな一歩に見えました。2年間「やりたい」と言いながら動けなかったことが、場があり、仲間がいて、声に出せたことで、一気に動き出した。胸の内にあった思いが、実際に音になった。人前に出て、演奏になって、誰かに届いた。これは、YOHAKUで起こしたいことそのものだと思っています。今は、AIや効率化が進んで、便利な時代になっています。でも一方で、本当にやりたいことに使える時間や余白は、むしろどんどん少なくなっているようにも感じます。仕事、生活、お金、情報、周りの目。いろいろなものに追われる中で、本音は後回しになっていく。やりたいことはあるのに、声に出せない。声に出せないから、動き出せない。動き出せないまま、時間だけが過ぎていく。だからこそ、これからの社会には、本音を置ける場所が必要だと思っています。まだ仕事になるか分からないこと。お金になるか分からないこと。うまくいくか分からないこと。でも、本当はやってみたいこと。それをいきなり成果や正解にしなくてもいい。まずは声に出せる。誰かが聞いてくれる。「それ、やってみようよ」と言ってくれる。30分だけでも始められる。YOHAKU食堂は、そういう場所にしたいです。ごはんを食べに来る。誰かと話す。ふと本音がこぼれる。「実はこれ、やってみたかったんだよね」と言える。それを聞いた人が、「じゃあ一回やってみようか」と言ってくれる。最初は卓球でもいい。音楽でもいい。写真でもいい。木工でもいい。料理でもいい。空き家でもいい。その小さな一歩が、誰かの人生を少し動かしていく。大ちゃん学級は、その分かりやすい実例だと思っています。伊藤ちゃんの「バンドをやりたい」という声が、仲間と出会い、音楽になり、場に出ていった。その姿を見て、やりたいことをやっている人のエネルギーは本当に高いと感じました。うまいかどうかだけではない。完成度だけでもない。その人の中から出てきたものが、ちゃんと外に出ている。その熱は、周りに伝わります。田村でYOHAKU食堂をやる意味は、ここにあると思っています。声が出にくい場所で、声が溢れる場をつくる。挑戦が特別な人だけのものではなく、日常の中で少しずつ生まれていく場をつくる。誰かの「やってみたい」が、誰かの勇気になる場をつくる。伊藤ちゃんの一歩は、僕にとって、YOHAKU食堂がつくりたい未来をとても分かりやすく見せてくれました。伊藤ちゃん、本当にありがとうございます。そして、大ちゃん学級のこれからの挑戦を、心から楽しみにしています。そして、やりたいことを一つやり始めると、不思議と他のことにも前向きに動けるようになっていくのだと思います。音楽を始めたことで、伊藤ちゃんの中のエネルギーが少しずつ戻り、それが仕事や田村での活動にもつながっているように感じています。そんな伊藤ちゃんの活動はこちらです。林業×アロマ もっと見る
「何とかしたい」という声から、YOHAKU食堂の形が見えてきた|梶原 奏絵さまからの応援メッセージ
2026/06/04 23:41今日は、梶原さんからいただいた応援メッセージを紹介させていただきます。昨年はFIPの中でも同じチームになり、田村で何ができるのか、地域の課題にどう関われるのかを一緒に考えてきました。その時、僕たちの中にあったテーマの一つが、空き家でした。田村に限らず、地方では空き家の問題がどんどん大きくなっています。でも、空き家の問題は本当に複雑です。所有者の事情がある。家族の事情がある。改修費もかかる。人手も必要。お金も必要。そして、そもそも空き家を空き家として認識していないこともある。「何とかしたい」と思っても、一人の想いだけではなかなか前に進みません。また梶原さんには、保護犬への想いもありました。これも同じです。助けたい。何とかしたい。でも、どこから関わればいいのか分からない。自分一人でできることには限界がある。想いはあるのに、きっかけがないと動き出せない。空き家と保護犬。一見、まったく違うテーマに見えるかもしれません。でも、FIPで梶原さんたちと話している中で、僕には共通しているものが見えてきました。それは、「何とかしたい」という声があるのに、一人では形にしきれないこと。そして、その声が誰かに届かないまま、日常の中で流れてしまうことです。この時に、僕の中で少しずつYOHAKU食堂のモデルが見えてきました。地域には、すでにたくさんの声があります。空き家を何とかしたい。保護犬に関わりたい。地域で何か始めたい。使われていない場所を活かしたい。でも、その声を一人で抱えているだけでは、なかなか動き出せない。だからこそ、まず声が出る場所が必要なのではないか。そして、その声を誰かが聞いてくれる場所が必要なのではないか。そこから、「それ、一緒に考えてみようか」「この人につながるかもしれない」「一回現場を見に行ってみようか」「小さく試してみようか」という流れが生まれていく。その循環を、食堂という日常の場所からつくれないか。それが、YOHAKU食堂のビジネスモデルの原型になっていきました。単に飲食店をやるのではなく、食堂を入口にして、地域の中にある声や想いを受け止め、人や場所や小さな実践につなげていく。そして、そこから小さな仕事やプロジェクトが生まれ、また新しい人が関わっていく。空き家も、保護犬も、地域の困りごとも、誰か一人が抱え込むのではなく、声を出し合いながら、どうすればできるかを一緒に考えていく。そのための入口として、YOHAKU食堂をつくりたいと思うようになりました。梶原さんからいただいたメッセージの中に、「最初の一歩がなかなか踏み出せない方は、本当にたくさんいると思います。実は、私もその中の一人でした」という言葉がありました。この言葉は、本当に痛いほど分かります。挑戦する人は、最初から強い人ばかりではありません。迷いながら、怖さを感じながら、それでも何とかしたいと思っている人がたくさんいる。必要なのは、その人を急かすことではなく、最初の一歩につながるきっかけや、安心して話せる場所なのだと思います。梶原さんは今、日々空き家に向き合いながら、出会った空き家を自分たちで改修し、新しい物語をつくろうとしています。tamura.kaeru「空き家を何とかしたい」と言うだけではなく、実際に現場に向き合い、手を動かしている。その姿を見ていると、地域の課題は、誰かの小さな一歩から本当に動き始めるのだと感じます。YOHAKU食堂も、そんな一歩が生まれる場所にしていきたいです。ごはんを食べに来る。誰かと話す。まだ形になっていない想いを、少しだけ言葉にしてみる。それを聞いた誰かが、「一緒に考えてみようか」と言ってくれる。その小さなやりとりから、空き家の活用も、保護犬への想いも、地域での新しい挑戦も、少しずつ動き出していくかもしれない。FIPで空き家と保護犬について一緒に考えた時間があったからこそ、僕はこのモデルにたどり着きました。一人では解けないことを、一人で抱え込まない。声を出し、誰かと考え、現場に触れ、小さく試す。その循環を、田村の日常の中につくっていきたいです。梶原さん、本当にありがとうございます。YOHAKU食堂が、誰かの「何とかしたい」という声を、最初の一歩につなげられる場所になるよう、しっかり育てていきます。 もっと見る






コメント
もっと見る