日蘭交流の記憶――川原慶賀筆「ブロムホフ家族図」修復プロジェクト

長らく公開されることのなかった一枚の絵があります。 現在、オランダ国立世界文化博物館に所蔵されている、江戸時代に出島で描かれた川原慶賀筆「ブロムホフ家族図」です。この絵は200年間未公開のまま人々の目に触れる機会がありません。私はこの作品を修復し、日本で初めて公開する文化事業に挑戦します。

現在の支援総額

1,055,500

15%

目標金額は7,000,000円

支援者数

30

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募集終了まで残り

54

日蘭交流の記憶――川原慶賀筆「ブロムホフ家族図」修復プロジェクト

現在の支援総額

1,055,500

15%達成

あと 54

目標金額7,000,000

支援者数30

長らく公開されることのなかった一枚の絵があります。 現在、オランダ国立世界文化博物館に所蔵されている、江戸時代に出島で描かれた川原慶賀筆「ブロムホフ家族図」です。この絵は200年間未公開のまま人々の目に触れる機会がありません。私はこの作品を修復し、日本で初めて公開する文化事業に挑戦します。

ティティアには三つの「はじめて」があります。

 一つは、日本を訪れた最初の西洋女性

二つ目は、ピアノを日本へ持ち込み、演奏した最初期の西洋女性

そして三つ目は、抹茶をいただいた最初の西洋女性

 日本で現存する最古のピアノは、シーボルトが持ち込んだものとされています。しかし、シーボルトよりも前に、日本へピアノを持ち込んだ女性がいました。それがティティア・ベルフスマです。

 下関の大年寄で阿蘭陀宿をつとめた伊藤家のコレクションの中に、スクエア・ピアノを弾く女性を描いた細密な白描画(写真)が現存しています。そこに描かれているのが、ピアノを弾くティティアと思われる女性です。

 ティティアの来日は1817年。
シーボルトの来日は1823年です。

 つまり、ティティアはシーボルトよりも先に、西洋の音を日本へ運んできた女性であった可能性があります。

 さらに興味深いのは、彼女の書簡に見られる一節です。

 彼女の書簡より——

 年配の紳士が正装で現れ、藺草の敷物に跪き、緑の飲み物が入った小さな黒い椀を差し出した。三度回し、頭を下げ、両手で。通訳が言った。「これは敬意です。ゆっくり受け取ってください。」その所作は、音のない舞のようだった。静けさは深く、ペトロネラさえ息を止めていた。苦いが、温かい。彼は語らなかったが、私は招かれていると感じた。耳ではなく、心で。——

 この「緑の飲み物」は何だったのでしょうか。これは抹茶であった可能性が高いと考えています。もちろん、書簡に「抹茶」と明記されているわけではありません。

しかし、小さな黒い椀、緑の飲み物、三度回して両手で受ける所作、そして静寂の中でいただく様子。そこには、茶道の一服を受けた情景が重なります。

日本を訪れた最初の西洋女性。
日本にピアノをもたらした女性
抹茶をいただいた最初の西洋女性。

 ティティア・ベルフスマという存在は、日蘭交流史の中で、まだまだ語られるべき余白を持っているように思います。

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