
今回皆さまにご支援をお願いしていますクラウドファンディングは、本年11月13日から来年2月21日までハウステンボス美術館で開催される展覧会「OTEMAE ブロムホフ 茶道を愛した異邦人」の企画・監修を務めることになったことが、大きなきっかけです。
しかし、この展覧会の構想は、実は二十年近く前に芽生えた一つの思いから始まっています
その実現に向けて調査を進める中で、私はオランダ国立世界文化博物館に所蔵される《ブロムホフ家族図》と出会いました。この作品が約二百年ぶりに日本へ里帰りできる可能性が見えてきた一方で、深刻な傷みが判明し、修復が不可欠であることも分かりました。そこで、この貴重な作品を未来へ受け継ぐため、修復プロジェクトとしてクラウドファンディングを立ち上げることにしたのです。
ここでは、その展覧会がどのような思いから生まれたのか、その歩みをお話ししたいと思います。
二十年前、ライデン国立民族学博物館(現・オランダ国立世界文化博物館)のマティ・フォラー先生の講演で、私は初めてヤン・コック・ブロムホフという人物を知りました。
江戸時代、長崎出島のオランダ商館長であった彼は、日本から茶道具一式をオランダへ持ち帰っていました。
しかも茶碗や茶入だけではありません。茶筅、茶巾、柄杓、袱紗など、実際に茶を点てるための道具まで揃えていたことに、大きな驚きを受けました。
茶道史を学んできた私にとって、ブロムホフという人物は、それまで一度も耳にしたことのない存在でした。長く茶の湯に携わってきたつもりでいましたが、まさに「井の中の蛙、大海を知らず」。日本の茶道史という枠の外にも、まだ知られていない茶の湯の歴史が広がっていることを、ブロムホフの存在によって初めて気づかされたのです。
「いつか、この茶道具を日本へ里帰りさせ、多くの方々にご覧いただくことはできないだろうか」その思いが、本展覧会の出発点となりました。
その後資料を読み進めるにつれ、このコレクションが単なる異国趣味の蒐集ではないことに気が付きました。茶碗や茶入だけではなく、茶筅、茶巾、茶、炭など、本来なら使われて失われてしまう消耗品までが、一つのまとまりとして約二百年間保存されてきたのです。
これは単に古い茶道具が残ったということではありません。江戸時代後期、人々がどのような道具を使い、どのように茶を点て、茶の湯を楽しんでいたのかを、そのまま伝える「生きた茶の湯」の記録なのです。私はこのコレクションを、「江戸時代の茶の湯を封じ込めたタイムカプセル」と考えています。
これまでの茶道史は名物道具や大名茶・流儀・数寄者を中心に語られてきました。しかし、このコレクションから見えてくるのは、江戸時代に広く社会へ浸透した茶の湯の姿です。そこに、このコレクション最大の価値があります。
いつか実物を見たいと思い、博物館へ見学をお願いしました。快諾をいただき渡欧準備を進めていた矢先、新型コロナウイルスの流行により計画は中止となりました。しかし、その経験によって「いつか日本で公開したい」という思いは、むしろ強くなりました。日本の美術館や博物館は、それぞれ独自の収蔵品や研究テーマに基づいて展覧会を企画・開催しています。そのため、一個人が企画した展覧会を新たに実現することは、現実には極めて難しいのが現状です。かつてであれば、新聞社や百貨店、企業などが文化事業として展覧会を企画し、美術館と協力して開催する機会も少なくありませんでした。しかし、時代の変化とともに文化事業を取り巻く環境は厳しさを増し、そのような挑戦的な企画が実現する機会は決して多くありません。私も、この構想を心の中で温めながら、「いつか実現できれば」という思いを抱き続けるしかありませんでした。
そんな中、この企画の価値をご理解くださり、「ぜひ実現しましょう」と手を差し伸べてくださったのが、ハウステンボスでした。私は以前から、この展覧会を開催するならハウステンボス以外にはないと考えていました。その思いとハウステンボスの理念が重なり、この企画は現実のものとなりました。今振り返れば、それはまさに運命的な出会いだったと思っています。
ハウステンボス美術館は、オランダ王宮を忠実に再現した「パレス ハウステンボス」の中にあります。一方、ブロムホフは帰国後、自ら収集した日本コレクションをオランダ国王ウィレム一世へ献納し、世界初の体系的な日本コレクションを成立させました。
つまり、日本からオランダ王宮へ渡った文化財が、二百年後、オランダ王室の宮殿を再現した空間で披露されるのです。この歴史的背景を考えると、本展覧会に最もふさわしい場所はハウステンボス以外にありません。
国宝や重要文化財を集めた茶道具展は、これまで数多く開催されてきました。しかし、本展は少し違います。ご覧いただくのは、茶碗だけではありません。茶筅があり、茶巾があり、柄杓があり、茶があり、炭があります。
それらが一体となって初めて「茶の湯」は成立します。だから展覧会名を「OTEMAE」としました。この展覧会は名品を鑑賞する展覧会ではなく、「二百年前の茶の湯」を丸ごと体験する展覧会なのです。
二十年前、一人のオランダ人の名を知ったことから始まった私の思いは、こうして一つの展覧会となりました。二百年前、長崎からオランダへ渡った茶の湯が、再び長崎へ帰ってきます。
本展は、単なる茶道具展ではありません。江戸時代の「生きた茶の湯」と、日本とオランダの交流の歴史を未来へ伝える、新しい茶の湯の展覧会です。ぜひハウステンボス美術館で、ブロムホフが見つめた日本と、二百年前の茶の湯の息づかいを感じていただければ幸いです。



