
【ブロムホフが育ったオランダの喫茶文化】その1
『De theezieke juffers(ティーにいかれた婦人たち)』
ブロムホフが茶道具を持ち帰った十九世紀初頭、オランダでは茶はどのように飲まれ、どのような文化として受け入れられていたのでしょうか。
私が最初にオランダの喫茶文化を学んだのは、角山栄氏の名著『茶の世界史』でした。同書では、1701年にアムステルダムで初演された喜劇『De theezieke juffers(ティーにいかれた婦人たち)』が、「茶に熱中したオランダ女性を風刺した作品」として紹介されています。
1701年の初版本を通読したところ、この作品は角山氏が紹介された以上に、豊かな内容を持つ社会喜劇であることがわかりました。
物語は、主人公レオノールが、恋人ヤーコプがいながら両親によって裕福な老人ヨーストとの結婚を決められてしまうところから始まります。そこでヤーコプは召使ウェールハーンとともに、「東インドから帰国した親族」に変装して家へ入り込みます。
二人は東インドから大量の茶を持ち帰った人物として迎えられ、家族や近所の婦人たちは、その珍しい茶や中国磁器に夢中になります。その隙にヤーコプはレオノールとの駆け落ちを図りますが計画は発覚します。しかし、彼の誠実な愛情と叔父の遺産相続が明らかになると、父親は二人の結婚を認め、最後は二組の恋人が結ばれ、「さあ、もう一杯お茶を飲もう」という言葉で幕を閉じます。
この作品には、恋愛結婚と親が決める結婚、東インド会社がもたらした新しい消費文化、女性たちの社交空間、茶・磁器・菓子を楽しむ都市生活、そして東インドへの憧れなど、1700年前後のアムステルダム市民社会そのものが生き生きと描かれています。
つまり、この作品は「茶」を主役としながら、都市文化全体を描いた社会喜劇だったのです。
また、角山氏は、オランダ人が「茶を受け皿に移して飲む」「音を立てて飲む」といった飲み方を紹介し、それを「茶道の真似事」と指摘されています。しかし、私が確認した1701年初版本には、そのような具体的な作法の描写は見当たりませんでした。
劇中で描かれているのは、「茶葉を持ち寄る」「茶の香りを嗅ぐ」「茶の色を論評する」「茶葉の銘柄を比べる」「客には必ず茶を勧める」といった、茶会での会話や振る舞いです。
全文を通読して最も印象的だったのは、1701年という極めて早い時期に、すでに茶がオランダ都市文化の中心的存在として描かれていることでした。
茶は単なる飲み物ではありません。社交を生み、流行を生み、異国への憧れをかき立てる文化の象徴として、人々の暮らしに深く根付いていたのです。
この劇が描く社会は、ブロムホフが日本へ赴任する約百年前のオランダです。この作品は、ブロムホフ来日の一世紀も前から、オランダ人が茶を「社交」と「文化」の象徴として受け入れていたことを具体的に示しています。
そのような成熟した喫茶文化の中で育ったブロムホフが、日本で茶の湯や茶道具に深い関心を抱いたことは、決して偶然ではなかったでしょう。
そして、私は、この成熟した喫茶文化という土壌があったからこそ、ブロムホフはたんに茶道具を蒐集したのではなく、日本の茶の湯そのものに魅せられ、その精神や作法までもオランダへ伝えようとしたのではないかと考えています。



