
ブロムホフ・コレクションの中でも、ひときわ注目されるのが茶道人形です。
人形には茶碗・水指・炉・釜などのミニチュア茶道具が添えられ、約二百年前の茶人の姿を立体的に再現しています。当時の記録には「右手に茶杓、腰に紫の帛紗」と記されており、現在は失われた帛紗の存在も確認することができます。
人形は元服前の少年の姿で、袴姿のまま点前を行っています。また、現在一般的な正座ではなく、割座で座っていることも興味深い点です。このことから、江戸時代には割座も点前の座法の一つとして行われていたことがうかがえます。つまり、この人形は、茶の湯の所作そのものを忠実に表現するために制作されたと考えられます。
頭部は胡粉で美しく仕上げられ、耳まで丁寧に造形されています。切れ長の目、小さく結んだ口元、そして穏やかな表情には、静かな品格が漂います。
衣装には絹織物が用いられ、裂には鳳凰と唐花と思われる吉祥文様が織り出されています。柄合わせや裁断も極めて精巧で、袴や帯に至るまで実際の装束と同じ仕立て方が施されています。人形衣装というより、本物の衣装をそのまま縮小したかのような完成度を備えています。
さらに髪には人毛が植え込まれ、一本一本を束ねて結い上げられています。頭頂部を複数に分けて結う独特の結髪は、現在確認している江戸後期の人形や風俗画には類例が見当たらず、この人形を特徴づける大きな特色となっています。
人形には烏帽子も添えられています。烏帽子は武家や公家の男子が礼装の際に着用した被り物であり、この人形も礼装した少年茶人を表現したものと考えられます。袴姿や割座の姿勢とあわせて見ると、茶の湯がたんなる喫茶ではなく、礼法を重んじる武家文化の一端であったことを伝えています。このような茶道人形は、現在確認できる限り他に類例がなく、ブロムホフの特別注文によって制作された可能性が高いと考えています。
また、頭部の造形や衣装の技法には京都系衣裳人形との共通点が多く認められることから、江戸参府の折に京都の人形師へ注文し、帰路に受け取って長崎へ持ち帰った可能性も考えられます。一方、人形に添えられたミニチュア茶道具は、長崎で制作させ、人形と組み合わせた可能性があります。
その推測を裏付ける手掛かりが、人形とともに伝来した象牙製茶杓です。
この茶杓だけは実寸約十八センチの象牙製で、実際の茶人が用いる茶杓とほぼ同じ大きさです。人形の右手も、この茶杓を握ることを前提として作られていたことがわかります。
このことから、ブロムホフは京都で人形を制作させる際、実物の象牙製茶杓を持たせるよう人形師へ依頼し、その後、長崎でミニチュア茶道具を揃えて完成させた可能性が考えられます。
それでは何故、ブロムホフが人形に持たせたのが、茶碗でも茶入でもなく、象牙製の茶杓だったのでしょうか。
十九世紀初頭のオランダでは、象牙は王侯貴族や富裕層の工芸品に用いられる高級素材であり、美術的価値の高い特別な素材でした。その価値を十分理解していたブロムホフは、日本の茶人を象徴する道具として、茶碗ではなく、あえて象牙製の茶杓を選んだのではないでしょうか。異国の茶道人形に象牙製茶杓を持たせることによって、人形そのものの価値を高めるとともに、日本文化を象徴する作品として位置づけようとした可能性があります。
残念ながら、この象牙製茶杓はワシントン条約(CITES)に基づく国際取引規制の対象となるため、今回の展覧会では日本へ持ち込むことができません。
しかし、この人形は本来、その象牙製茶杓を手にして初めて完成する作品でした。
どうぞ展示をご覧の際には、その「見えない茶杓」を心の中で人形の右手に戻してみてください。約二百年前、ブロムホフがヨーロッパへ伝えようとした「茶人」の姿、そして日本の茶の湯の精神が、より鮮やかに浮かび上がってくることでしょう。
※写真はオランダ国立世界文化博物館(NMVW = Nationaal Museum van Wereldculturen / Wereldmuseum)蔵 茶道人形とミニチュア茶道具



