
今回の展示品でもあるシーボルトコレクションの中に「茶湯之図」と題された一冊があります。一冊といっても、全四ページ、絵だけで構成された小さな冊子です。描かれているのは、いわゆる「運び点前」の始まりの場面です。
「水指はこのように運ぶ」
「茶器と茶碗(茶巾・茶筅・茶杓を仕組んだもの)はこのように運ぶ」
「建水・柄杓・蓋置はこのように運ぶ」
そして最後に、「炉前ではこのように置き合わせる」。
つまり、茶を点てる場面そのものではなく、点前を始めるために道具を茶席へ運び出し、炉前に置き合わせるまでの一連の所作が描かれています。興味深いのは、茶室の背景がまったく描かれていないことです。床の間も、客も、室内の様子もありません。描かれているのは、点前をする人物と、その人物が扱う茶道具だけです。
ここから、この冊子の目的が茶会の情景を描くことではなく、茶人が道具をどのように持ち、どのように運び、どのように置くのか――その姿と所作を視覚的に記録することにあったと考えられます。また、帛紗を左腰につけていることからも、千家系の点前の流れであることがわかります。
そして、もう一つ面白い点があります。裃姿で道具を運ぶ人物は、衣装や家紋は共通しているように見えるにもかかわらず、それぞれ顔が異なります。さらに最後の、炉前に座って道具を置き合わせた場面では、裃姿の武士ではなく、僧体の人物が描かれています。
現代の点前教本であれば、一人のモデルが最初から最後まで一連の所作を演じるのが普通でしょう。しかし、この『茶湯之図』はそうではありません。
おそらく。この『茶湯之図』は最初から現在の四ページの冊子として制作されたのではなく、複数の写生図の中から選びだし、それを点前の順序に従って配列し、後から一冊の「茶湯之図」に仕立てた可能性が大きいように思われます。もしそうであれば、人物が異なることも自然に説明できます。
いずれにしても、ここに描かれているのは茶湯を楽しんでいる茶席の情景でも、茶を点てている華やかな場面でもありません。水指を運び、茶碗と茶器を運び、建水を運び、炉前に道具を置き合わせる――点前が始まる直前の場面です。
そのような一見地味な所作を、わざわざ四図を使って記録しているのです。そこにこそ、この『茶湯之図』の珍しさと面白さがあるように思います。



