
監督の合田朝輝です。
あらためて、自己紹介をします。
合田 朝輝(ごうだ ともき)といいます。
香川県観音寺市に住む37歳です。
映画を作っています。
——と言えるほどの実績は、まだありません。
ただ、少なくとも今は、そこに向かって動いています。
そして、その前提として、私にはALSがあります。
ここでは、私自身のことと、ALSについて書いていきます。
あなたはALSについて、どれくらい知っていますか?
名前だけは聞いたことがある、という方も多いかもしれません。
ただ、その実態については、あまり知られていないように感じています。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動ニューロンが徐々に機能を失っていく進行性の神経疾患。
脳から筋肉へ送られる運動の指令がうまく伝わらなくなり、身体を自分の意思で動かすことが難しくなっていきます。
進行に伴い、全身の筋肉を動かせなくなっていき。
歩くこと、持つこと、話すこと。
当たり前にできていた動作が、一つずつ難しくなっていきます。
最終的には、呼吸に関わる筋肉にも影響が及びます。
ひとつ、誤解されやすい点があります。
ALSは「身体が動かなくなる病気」ですが、
意識や思考そのものが失われるわけではありません。
頭ははっきりしているのに、身体が動かない。
言いたいことはあるのに、声にできない。
この“ズレ”が、この病気の特徴でもあります。
進行の速度や症状の現れ方には個人差があります。
ただ共通しているのは、症状が進行性であり、基本的に元に戻ることはないという点です。
現在のところ、根本的に治す治療法は確立されておらず、機能の低下は時間とともに積み重なっていきます。
こうして説明すると、どうしても重たい印象になると思います。
実際、軽い病気ではありません。
ただ、これはあくまで一般的な説明です。
“情報としてのALS”です。
ここから先は、私個人の話になります。ALSの中で、実際にどう生きているのか、という話です。
どんなふうに生活が変わるのか。
何を諦めて、何を選んでいるのか。
そんな話です。
最初に違和感があったのは、些細なことでした。
右手の親指に力が入りにくい。
うまく動かない。
ほんの少しのズレ。
最初は疲れだと思いました。
腱鞘炎かもしれない、と。
でも、その違和感は消えませんでした。
むしろ、少しずつ確実に、範囲を広げていきました。
病院でいくつかの検査を受けて、
そして診断が出ました。
ALS。
約7年前のことです。
言葉だけは、なんとなく知っていました。
でも、その意味を自分のこととして理解していたわけではありません。
説明を受けながら、
どこか他人事のように聞いていたのを覚えています。
現実感がありませんでした。
時間が経つにつれて、
その言葉の意味が、少しずつ現実に変わっていきました。
できていたことが、できなくなる。
その変化は劇的ではなく、
むしろゆっくりで、だからこそ確実でした。
ある日突然、すべてができなくなるわけではない。
でも、確実に、できることは減っていく。
その事実に、少しずつ慣れていくしかありませんでした。
最初に諦めたのが何だったのか、正確には覚えていません。
ただ、「これはもう無理だな」と思う瞬間が、
何度もあったことだけは覚えています。
そのたびに、少しずつ生活の形が変わっていきました。
できないことが増えていく。
絶望だけが増えていく。
そして気づけば、
今まで普通だった日常は、全て消え去っていました。
動かせる場所は、どんどん減っていく。
動ける間にできることをしておこうと思いました。
美味しいもの食べて、行きたいところに行って。
マック食べて。
温泉入って。
夜更かしして。
美味しいお酒飲んで。
私にとっての、最後の自由な時間。
それは、あっという間に終わりました。
動けなくなり、やることがなくなった私は、
友人の勧めで仕事を始めます。
動けないのに仕事?と疑問に思うかもしれません。
しかし、私は「逃げ場所」を求めていました。
考えなくていい時間を。
体が動けない状態は思ってた以上に暇でした。
撮り溜めていた番組。
いつか観ようと思っていた映画。
全てがあっと言う間に消費されていきます。
時間ができると、現実から逃げられなくなります。
動かないのに感覚だけが残る手足。
痛み、痒み、苦しみ。
逃げ出したい。
けれど、指一本動かせずに、ただそれを耐える日々。
私は必死に逃げ場所を求めます。
くだらない動画。
頭を使わなくてもいいもの。
錆びた十円玉がピカピカになる動画を見ていると、何も考えずに一日を終えられる。
そんな日が続きます。
ある時、そんな私を見かねて、友人が仕事を勧めてくれました。
「君は体は動かないけど、考えることはできる。ならできることはある」
丁度その頃はコロナ全盛期。
社会が急激にオンラインで動き出し、私にも自宅にいながらできる仕事がありました。
僅かに動く腕と、なんとか聞き取れる声で、仕事を始めます。
ホームページ制作、補助金申請やクラウドファンディングのサポート、マーケティングのアドバイス。
講演会などの話もいただきました。
ビジネスコンペで賞をいただいたこともありました。
この時は、体が動かなくなっても、ずっと仕事をし続けられる。
そう思ってました。
少し長くなってしまったので、次回に続きます。
次は、私が絵本を作った経緯や、呼吸機能が低下し気管切開をした事。
そして、
仕事を続けるのができなくなった話をしようと思ってます。



