動かぬ体、溢れ出す感情。ALS合⽥朝輝監督の奇跡の映画をリッツカールトンで初公開

体が動かない。声も出ない。それでも合田朝輝監督は映画を撮ると決めました。視線で紡いだ想いを作品に乗せ、リッツカールトン大阪で届ける挑戦。限界を越えて生きる姿が、あなたの心に火を灯します。この瞬間は、誰かの人生を変える物語のはじまりです。

現在の支援総額

481,000

96%

目標金額は500,000円

支援者数

49

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募集終了まで残り

54

動かぬ体、溢れ出す感情。ALS合⽥朝輝監督の奇跡の映画をリッツカールトンで初公開

現在の支援総額

481,000

96%達成

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目標金額500,000

支援者数49

体が動かない。声も出ない。それでも合田朝輝監督は映画を撮ると決めました。視線で紡いだ想いを作品に乗せ、リッツカールトン大阪で届ける挑戦。限界を越えて生きる姿が、あなたの心に火を灯します。この瞬間は、誰かの人生を変える物語のはじまりです。

監督の合田朝輝です。


あらためて、自己紹介をします。

合田 朝輝(ごうだ ともき)といいます。

香川県観音寺市に住む37歳です。

映画を作っています。

——と言えるほどの実績は、まだありません。

ただ、少なくとも今は、そこに向かって動いています。

そして、その前提として、私にはALSがあります。

ここでは、私自身のことと、ALSについて書いていきます。


あなたはALSについて、どれくらい知っていますか?

名前だけは聞いたことがある、という方も多いかもしれません。

ただ、その実態については、あまり知られていないように感じています。


ALS(筋萎縮性側索硬化症)

運動ニューロンが徐々に機能を失っていく進行性の神経疾患。

脳から筋肉へ送られる運動の指令がうまく伝わらなくなり、身体を自分の意思で動かすことが難しくなっていきます。

進行に伴い、全身の筋肉を動かせなくなっていき。

歩くこと、持つこと、話すこと。

当たり前にできていた動作が、一つずつ難しくなっていきます。

最終的には、呼吸に関わる筋肉にも影響が及びます。


ひとつ、誤解されやすい点があります。

ALSは「身体が動かなくなる病気」ですが、

意識や思考そのものが失われるわけではありません。

頭ははっきりしているのに、身体が動かない。

言いたいことはあるのに、声にできない。

この“ズレ”が、この病気の特徴でもあります。


進行の速度や症状の現れ方には個人差があります。

ただ共通しているのは、症状が進行性であり、基本的に元に戻ることはないという点です。

現在のところ、根本的に治す治療法は確立されておらず、機能の低下は時間とともに積み重なっていきます。


こうして説明すると、どうしても重たい印象になると思います。

実際、軽い病気ではありません。

ただ、これはあくまで一般的な説明です。

“情報としてのALS”です。

ここから先は、私個人の話になります。ALSの中で、実際にどう生きているのか、という話です。

どんなふうに生活が変わるのか。

何を諦めて、何を選んでいるのか。

そんな話です。


最初に違和感があったのは、些細なことでした。

右手の親指に力が入りにくい。

うまく動かない。

ほんの少しのズレ。

最初は疲れだと思いました。

腱鞘炎かもしれない、と。

でも、その違和感は消えませんでした。

むしろ、少しずつ確実に、範囲を広げていきました。


病院でいくつかの検査を受けて、

そして診断が出ました。

ALS。

約7年前のことです。

言葉だけは、なんとなく知っていました。

でも、その意味を自分のこととして理解していたわけではありません。

説明を受けながら、

どこか他人事のように聞いていたのを覚えています。

現実感がありませんでした。


時間が経つにつれて、

その言葉の意味が、少しずつ現実に変わっていきました。

できていたことが、できなくなる。

その変化は劇的ではなく、

むしろゆっくりで、だからこそ確実でした。

ある日突然、すべてができなくなるわけではない。

でも、確実に、できることは減っていく。

その事実に、少しずつ慣れていくしかありませんでした。


最初に諦めたのが何だったのか、正確には覚えていません。

ただ、「これはもう無理だな」と思う瞬間が、

何度もあったことだけは覚えています。

そのたびに、少しずつ生活の形が変わっていきました。

できないことが増えていく。

絶望だけが増えていく。

そして気づけば、

今まで普通だった日常は、全て消え去っていました。


動かせる場所は、どんどん減っていく。

動ける間にできることをしておこうと思いました。

美味しいもの食べて、行きたいところに行って。

マック食べて。

温泉入って。

夜更かしして。

美味しいお酒飲んで。

私にとっての、最後の自由な時間。

それは、あっという間に終わりました。


動けなくなり、やることがなくなった私は、

友人の勧めで仕事を始めます。

動けないのに仕事?と疑問に思うかもしれません。

しかし、私は「逃げ場所」を求めていました。

考えなくていい時間を。

体が動けない状態は思ってた以上に暇でした。

撮り溜めていた番組。

いつか観ようと思っていた映画。

全てがあっと言う間に消費されていきます。


時間ができると、現実から逃げられなくなります。

動かないのに感覚だけが残る手足。

痛み、痒み、苦しみ。

逃げ出したい。

けれど、指一本動かせずに、ただそれを耐える日々。

私は必死に逃げ場所を求めます。

くだらない動画。

頭を使わなくてもいいもの。

錆びた十円玉がピカピカになる動画を見ていると、何も考えずに一日を終えられる。

そんな日が続きます。


ある時、そんな私を見かねて、友人が仕事を勧めてくれました。

「君は体は動かないけど、考えることはできる。ならできることはある」

丁度その頃はコロナ全盛期。

社会が急激にオンラインで動き出し、私にも自宅にいながらできる仕事がありました。


僅かに動く腕と、なんとか聞き取れる声で、仕事を始めます。

ホームページ制作、補助金申請やクラウドファンディングのサポート、マーケティングのアドバイス。

講演会などの話もいただきました。

ビジネスコンペで賞をいただいたこともありました。

この時は、体が動かなくなっても、ずっと仕事をし続けられる。

そう思ってました。


少し長くなってしまったので、次回に続きます。

次は、私が絵本を作った経緯や、呼吸機能が低下し気管切開をした事。

そして、

仕事を続けるのができなくなった話をしようと思ってます。



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