
クラウドファンディングも、いよいよ残り7日となりました。
これまでご支援いただいた皆さま、そしてSNSでのシェアや口コミなどを通じて私たちの活動を広めてくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
今回は、鳥屋部えんぶり組の長い歴史の中でも、今なお地域に形として残る「豊年祭記念橋」と、その記念碑についてご紹介します。
■スペイン風邪による休止と「豊年祭記念橋」
大正時代、世界各地で猛威を振るったスペイン風邪。
鳥屋部地区でもその流行により、踊り手や関係者が相次いで影響を受けたと伝えられています。
その影響もあり、人手や担い手が不足し、えんぶりを続けていくことが難しくなったため、鳥屋部えんぶり組はしばらくの間、えんぶりを休止せざるを得なくなりました。
それでも、先人たちは復活をあきらめませんでした。
えんぶりを休止するにあたり、先人たちは地域の方々へ、「復活するまでの間、しばらく休ませてもらいます」というお詫びの気持ちと、いつの日か復活させたいという願いを込めて、橋を造り、その記念碑を建立したと伝えられています。
それが、現在も鳥屋部地区に残る「豊年祭記念橋」です。
記念碑には今も、
「豊年祭記念橋 大正十年七月」
と刻まれています。


大正10年(1921年)7月。
今から105年前のことです。
えんぶりを続けることができなくなったときにも、先人たちは「これで終わり」とするのではなく、再びえんぶりを行える日を願い、その思いを橋と記念碑という形に残しました。
そして、その願いは後の世代へと受け継がれ、鳥屋部えんぶりは復活することになります。
■105年を経た今も残る、先人たちの思い
鳥屋部えんぶり組の長い歴史の中では、大正期以外にも、活動を休止せざるを得なかった時期がありました。
今日まで何事もなく当たり前に続いてきたのではなく、その時代ごとの困難を乗り越えながら、先人たちは鳥屋部えんぶりを次の世代へとつないできました。
その中でも大正期の出来事は、「豊年祭記念橋」と記念碑という形となって、105年を経た今も地域に残されています。
記念碑を前にすると、当時の人々が再びえんぶりを行える日を願い、その思いを未来へ託したことが伝わってくるように感じます。
私たちが今、鳥屋部のえんぶりを続けることができているのも、それぞれの時代に伝統を守り、次へつないできた先人たちがいたからこそです。
そして今、私たちも受け継いできた鳥屋部えんぶりを、これから先の未来へつないでいきたいと考えています。
今回のクラウドファンディングも、そのための取り組みの一つです。
■「豊年祭記念橋」の場所
「豊年祭記念橋」と記念碑は、現在も鳥屋部地区に残されています。
場所はこちらからご確認いただけます。
▶ Googleマップで場所を見る
https://maps.app.goo.gl/VJqAfKpcLjB71F5h6
現在、この場所はGoogleマップ上に「豊年祭記念橋」としてスポット登録されていません。
Googleマップへのスポット登録方法をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ掲載にお力をお貸しいただければ幸いです。
先人たちの思いが残るこの場所も、鳥屋部えんぶりの歴史を伝える大切なものの一つとして、これから先の世代へ残していければと思っています。
■クラウドファンディングは残り7日
長い歴史の中で、幾度もの困難や休止を乗り越えながら、今日まで受け継がれてきた鳥屋部えんぶり。
先人たちが守り、つないできた鳥屋部えんぶりを、これからも未来へつないでいく。
クラウドファンディングも、いよいよ残り7日となりました。
すでにご支援いただいた皆さまには、改めて心より御礼申し上げます。
そして、この活動に共感していただけましたら、ご家族やご友人へのご紹介、SNSでのシェアなどを通じて、この取り組みを一人でも多くの方へ広めていただければ大きな力になります。
残された期間も、最後まで一歩ずつ取り組んでまいります。
105年前、復活を願って未来へ託された思いを、今度は私たちが次の世代へ。
最後まで、鳥屋部えんぶり組への応援をどうぞよろしくお願いいたします。



