山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

現在の支援総額

3,830,000

38%

目標金額は10,000,000円

支援者数

144

24時間以内に4人からの支援がありました

募集終了まで残り

45

山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

現在の支援総額

3,830,000

38%達成

あと 45

目標金額10,000,000

支援者数144

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

かつて早川の人々は、山を向いて生きていました。

現在のような川沿いの道ができる以前、外へ出るには、往還や峠道を越えていきました。畑も山にありました。場所によっては村役場や学校も山の上にありました。

山は、遠くから眺めるものではありませんでした。仕事も、学びも、町の外との行き来も山の中にあり、日々の視線と足は山へ向いていたと想像しています。

その暮らしの向きが大きく変わったのは、大正時代。

水力発電所の建設が始まり、早川沿いにトロッコ軌道が敷かれ、それまでは川を流していた材木を、トロッコで運び出すようになりました。やがて軌道は外され、車が走るようになり、現在の県道南アルプス公園線へとつながっていきます。

人や物の流れは、山を越える方向から、川沿いを下る方向へ変わりました。交通が便利になり、通学、仕事、買い物、医療など、私たちの暮らしは川沿いに下流とのつながりを強めていきました。

ただ、道が川沿いに移ったからといって、すぐに山との関わりがなくなったわけではありません。

林業、鉱山、水力発電。山と深くつながった産業や営みが賑わっていた時代には、仕事や祈りのために多くの人が山へ入り、山はまだ暮らしの前面にありました。

やがて、そうした産業や営みも衰え、山へ入る人が少なくなり、身体が山へ向かわなくなるにつれて、私たちの意識も山から離れ、山は暮らしの正面から背景へと、変わっていったのではないかと感じています。

私たちが作りたい「山の共同よろず小屋」は、

川下を向いて生きる今の暮らしの中に、もう一度、山を向く時間をつくる。山へ入り、手を動かし、そこにある知恵や人との関係を結び直す。

そのための場所です。

この挑戦を見守り、支えてくださっている皆さまに、改めて感謝いたします。この取り組みに共感していただけましたら、山や地域の暮らしに関心のありそうな方へ、この活動報告やプロジェクトページを共有していただけるとうれしいです。

これからも、早川町の山や暮らしの様子、地域に残る知恵、準備の進捗などを活動報告でお伝えしていきます。

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