
前回、「よろず」と「共同」の元となった二つの小屋について書きましたが、私の中で、どうしても書いておかなければならない、もう一つの小屋があります。
それは、早川町の西山地区を拠点に活動する狩猟グループ「かのし会」の、通称「かのし小屋」のことです。(「かのし」は、西山の言葉でニホンジカのこと)
私が初めてこの小屋を訪れたのは、早川と関わり始めたばかりの大学4年生の頃でした。
地元の猟師さんが私を小屋へ招待してくださり、猟の現場を見せていただき、獲れた獲物をその場で解体し、猟師ならではの料理で食べさせてくれました。その一部始終が、当時の私には衝撃でした。

猟の日の朝、猟師たちはまず小屋へ集まります。
山の様子や獣の動きを考えながら、その日に入る山と、それぞれの持ち場(マグサ)を決めます。
勢子(セコ)役の猟師が犬を連れて山へ入り、犬を放す。犬に追われた獲物が、マグサで待つ猟師の前に現れ、猟師が撃つ。
猟が終われば、獲物を小屋へ運び、解体し、肉を分け、料理する。

解体する人、肉を刻む人、鍋を煮る人、テーブルを整える人。
自然に役割が分かれ、準備が整うと宴が始まります。

途中、山の神に捧げていたお神酒を回し飲みするのも恒例の儀式です。
そこで語られるのは、獲れた、獲れなかったという結果だけでなく、犬がどこから獲物を追ったのか。獲物はどのようなルートで逃げたのか。マグサにいた猟師はどこに座り、どこを見ていて、実際に獲物はどこから現れて、どう撃ったのか、など。
その日、それぞれに起きた出来事を語る、通称「絵語り」を聞きながら、山の見方や獣の動き、さまざまな状況での人と犬の配置や動きが共有されていきます。
もちろん、昔の武勇伝や失敗談も飛び出し、笑いが絶えません。
真剣な猟の場でありながら、どこか少年たちの秘密基地のような楽しさもあります。

そこには、狩猟の準備と実践、獲物の解体と料理、学びと反省、そして仲間との楽しい時間が同居していました。
山で起きたことを小屋へ持ち帰り、食べ、語り、笑い、次の実践へつなげていく。
それぞれが山と関わるなかで得た経験を共有し、みんなの知恵に変えていく。
私はそこへ何度も招いてもらい、やがて自分でも狩猟を始め、今では「かのし会」の仲間に入れてもらっています。
何の経験もなかった人間が、繰り返し通い、見聞きし、手を動かすなかで、少しずつ役割を持ち、仲間になっていく。
かのし小屋は、ただ猟をするための場所ではなく、山と人との関わりを学び、関わりを考えていく場所でもあったのだと思います。
この場所で自分に起きたことこそ、「山の共同よろず小屋」でつくりたい関係の原型です。
山へ出る前に考え、相談し、実際に山へ入り、山を歩き、持ち帰ったものを処理し、調理し、みんなで食べ、今日あったこと、考えたことを語り合い共有し、また次の実践へ繋げていく。
そして、かつての私のように、山の暮らしに初めてふれる人が、繰り返し関わるなかで、いつか自分なりの役割を持つ仲間になっていく。その入口をつくりたい。
かのし小屋で過ごしてきた時間が、今回の小屋づくりへとつながっていることは間違いありません。



