
9月の初め、大学生の娘が一人で早川へ帰ってきました。卒業論文で狩猟について書きたいというので、私が罠を仕掛ける様子や、仲間に協力してもらって猟に出る様子を見てもらいました。
猟は空振り。罠の方も、大雨の影響があったのか、なかなかかかりません。
こちらが予定を決めても、自然はそれに合わせてくれない。獲物を待つ時間も含めて狩猟なのだということを、娘にも感じてもらいつつ、雨の合間を縫ってもう一度足跡を探し、罠を掛け直したりもしました。

二週間の滞在の終盤に、娘の大学の友人三人も、早川へ遊びに来てくれました。三人は二泊し、娘も一緒に帰る予定でした。
帰る前日、なかなか獲物が獲れない様子を見かねた仲間が、田んぼで飼っていた合鴨を一羽分けてくれました。皆で鴨を締め、毛をむしり、捌き、料理していただく。動物の命が食べ物になるまでの過程に、四人で向き合う時間になりました。

そして、帰る日の朝。ようやく、一頭の鹿が罠にかかりました。さらに、集落の防護柵の内側へ迷い込んだ、もう一頭の鹿の捕獲も重なりました。
帰ろうとしていた日に、二頭の鹿が獲れる。私には、四人が鴨を捌き、食べる様子を山の神様も見ていて、「これなら、鹿も見せてもいいかな」と思ってくれたように感じられました。
山の神様の、なんとも憎い采配です。

こちらは営業の合間を縫っての作業。料理は夜しかできない。結局四人は滞在を一日延ばし、鹿を捌き、料理し、食べるところまで付き合ってくれました。
罠を見回りながら、獲れない時間も動物の行動を考え微調整する。命に向き合い、自分たちの手で捌き、料理して、皆でいただく。自然の動きに逆らわず、自分たちの予定を変える。仲間と助け合う。
今回、娘と友達に体験してもらった一連の時間が、自然と呼応しながら生きる、山の営みそのものなのだと思います。そして、この光景は、私が山の共同よろず小屋で実現したい時間そのものでもありました。
初めはお客様として訪れた方が、何度か一緒に山へ入り、一緒に手を動かし、食事の時間を共有し、話をし、心を開いていく。その積み重ねの中で、顔見知りになり、友達になり、やがて一緒に山と向かい合う仲間になっていく。
そして改めて、一緒に手を動かし、食事の時間を共有し、話をする場所が必要だと感じました。
お客様を超えて仲間へサービスを超えて日常へ体験を超えて共同作業へ
山の共同よろず小屋は、山の暮らしへの理解とともに、出会った人たちの関係も深まっていく場所。
今回の出来事を通じて、小屋で育てたい関係の姿が、また一つ、はっきりと見えてきました。
【クラウドファンディングの現在地】
支援総額:5,521,000円
支援者数:176人
達成率:55%
募集終了まで:あと32日




