前回の連載で、娘たちに起きた出来事を「山の神様の、憎い采配」と表現しましたが、
山の神といえば、少し前に、恩師の後藤春彦先生(早稲田大学副総長/理工学術院教授)から、興味深いお話を伺いました。
今年5月、後藤研究室では、「際の都市デザイン論」をテーマにした展覧会を開催しました。その展覧会についてのお話を伺う中で、先生は「際」という字から見えてくる一つのイメージを話してくださいました。
「際」という字は、「阜」に由来するこざとへんと、「祭」から成っています。
「阜」は、段になった高地や小高い丘を表す文字です。「祭」は、祭壇を表す「示」と、肉を表す「月」、手を表す「又」から成り、肉を手に持って神に捧げる姿を表す。
後藤先生は、この二つを重ねて眺めると、「際」という字の中に、丘の上で肉を掲げ、神に捧げている人の姿が見えてくる、と話されました。
その話を聞いたとき、私の中で、早川の風景が鮮やかに浮かびました。
丘の上とは、集落から少し山へ登った場所。肉を掲げて神に捧げる人とは、山から命をいただき、その恵みと畏れを忘れず、山の神を祀ってきた人々。
早川の多くの集落では、人が暮らす場所から少し山へ入ったところに、山の神を祀ってきました。

特に奈良田集落では、集落を囲む山々のそれぞれに山の神を祀った小さな祠があります。1月17日の「山の神様」の日には、竹で作った小さな弓矢をそれぞれの祠に奉納する風習が今も残っており、また1月21日は「山の神様が弓を引く日」とされ、この日、猟師は山へ入らないといった禁忌も引き継がれています。

後藤先生は、異なる領域を線で切り分けるのではなく、その間を人が行き来し、関係を編み直すことで、持続する場「際」が生まれるとおっしゃってます。
そう考えると、山の神を祀った祠は、人が山と行き来しながら関係を編み直してきた場と捉えられ、山と人里を隔てる境界というより、両者をつなぐ接点だったのかもしれません。
また先生は、創造や包摂、イノベーションは、閉じた内部ではなく、異なるものたちが出会う「際」で生まれる、ともおっしゃってます。
人口が減り、かつて人が手を入れていた場所まで自然に戻りつつある早川で、これから人と自然との間にどのような「際」を立ち上げ、そこからどのような価値を生み出すのか。
先生に、私たちがこれから向き合うべき宿題を、渡されたような気分になりました。



