
クラウドファンディングの諸々と、このところの長雨で、なかなかキノコを探しに山へ行けず、うずうず、もんもんとする日が続いています。それでも、合間を見てなんとか山へ行く時間を確保しています。
山菜採り、キノコ探し、渓流釣り、狩猟。どれもそれぞれに楽しいのですが、「どれが一番楽しい?」と聞かれたら、「キノコ」と答えてしまうかもしれません。

キノコ探しが楽しいのは、毎年同じ場所、同じ時期に出てきそうで、実際には出てくれるとは限らないところでしょうか。
雨や気温などの条件、また環境の変化によって、たくさん出る年もあれば、ほとんど出会えない年もあります。
キノコは周囲の木々や環境と関わって生きています。そこで、「この林なら、この時期に、あのキノコがありそうだ」と予想を立てて山へ入り、その予想が当たったときのうれしさ。
自然の様子を読み取り、想像していたキノコに出会えたとき、自然と会話ができたような気分になるのかもしれません。
それから、キノコ探しといっても、キノコばかりを見ているわけではありません。キノコを探すことで、山の変化に気づくことも多いです。

ナラタケやマスタケなど、枯れた木に出るキノコを見つけたときは、採れたうれしさがある一方で、木が枯れたことへの寂しさも感じます。
こうして山を歩いていると、いろいろなことが目に入ってきます。
倒木が、また増えたな。
松枯れが、ひどいな。
笹が、枯れているな。
山に、下草がほとんどないな。
ナラ枯れが、始まっているな。
キノコが採れた、採れなかったという結果と同じくらい、こうした山の変化を知ることも、大切なのだろうと思っています。

キノコを探すことは、山の様子を知り、その変化に気づく機会でもあります。
遠くから眺めれば、山はいまも緑に覆われています。
けれど、中へ入って歩いてみると、何があるかだけでなく、以前あった何がなくなったのかにも気づきます。
キノコを探す楽しみがあるから、山へ入る。
山へ入るから、その変化にも気づく。
気づいたことを持ち帰り、誰かと話すことで、山への理解が深まっていく。
よろず小屋を、山から採ってきたものだけでなく、山で見たことや感じたことも持ち帰れる場所にしたいと思っています。

今日はどこにキノコが出ていたのか。どの木が枯れ、どこで倒木が増えていたのか。どこに動物の食跡があったのか。去年と比べて、山はどう変わっていたのか。
その日、それぞれが山で見てきたことを持ち寄って語る。つまり、かのし小屋で学んだ「絵語り」を、よろず小屋でもやりたいのです。
キノコを探しに山に入り続けることで、山の変化に気づく。
そんなところから、人と自然のこれからの関係づくりも始められるのだと思います。



