
日本上流文化圏研究所、通称「上流研」で働いていた頃から、私たちは「まんのうがん」と「ゆうげぇし」という二つの言葉を大切にしてきました。
どちらも、早川町で受け継がれてきた暮らしを端的に表した言葉だと思っています。
今回は、そのうちの「まんのうがん」について書いてみたいと思います。
「まんのうがん」とは、衣食住に関わることをはじめ、暮らしに必要なことを何でもこなす人のことです。
漢字では「万能丸」と書き、元々は万能薬のことだったようですが、それが人に転じて「なんでもできる人」を指す言葉になったそうです。
自然をよく知り、山にあるものを生かす。
必要な道具は自分で作り、壊れたものは直す。
先々のことを考えて段取りを整え、思いどおりにならない自然や暮らしの条件にも対応する。
厳しい地形と限られた資源の中で暮らすために培われてきた、知恵と技術と精神力を備えた人。
それが「まんのうがん」です。
上流研で発行してきた地域情報紙『やまだらけ』第50号では、当時、編集に携わっていたメンバーで、早川の暮らしについて語り合っています。
『やまだらけ』第50号
https://fm-hayakawa.com/wp-content/uploads/2020/05/yam_050.pdf
そこで話題になったことの一つが、「使い込む文化」でした。
研いで、研いで、本当に小さくなるまで刃物を使う。
ノコギリの柄などに使えそうな木を山で見つけると、「いつか使える」と、とっておく。
身近にあるものを再利用し、自分が使いやすいように工夫して作る。
その中で出てきた、「買うより作る方が便利」という言葉も印象に残っています。
今は、お金を出せば、たいていのものを買うことができます。けれど、山の中では、必要なものがいつでも簡単に手に入るとは限りません。
身近にあるものを生かし、自分で作り、直し、最後まで使い切る。冬や災害に備え、必要なものをあらかじめ用意しておく。
「まんのうがん」とは、単に手先が器用で、何でも作れる人というだけではありません。
自然や身の回りの状況をよく見て、先のことを想像し、自分の暮らしを自分の手で成り立たせていく人なのだと思います。
『やまだらけ』第50号の座談会で、私はこんなことを話していました。
「自分たちの手の届く範囲、力が及ぶ範囲を取り戻さないといけないと思う」
一方で、自分たちでやるということは、結果を誰かのせいにはできないということでもあります。その責任やリスクも自分たちで引き受けなければなりません。
だから、まんのうがんに必要なのは、知恵や技術だけではないのでしょう。
目の前の状況を受け止め、それでも何とかして暮らしていこうとする覚悟。その精神力まで含めて、「まんのうがん」なのだと思います。
当時の私は、その座談会の中で、
「こんなキレイな手じゃダメだ。やっぱり、自分たちから『まんのうがん』にならないとね」
と話しています。
そして最後には、
「いずれ自分が『まんのうがん』として特集してもらえるように頑張ります!」
とも。
あれから15年ほどたちました。
狩猟を覚え、山菜やキノコを採り、そば屋や山荘を営み、石を積む。あの頃より、できることは少しずつ増えました。
けれど、自分が「まんのうがん」になれたかと問われれば、まだまだ、まだまだ、まだまだ、まだまだというより、全然です。
何か一つできるようになると、できないことや知らないことが、また見えてくる。
それでも、自分の暮らしを誰かに任せきりにせず、自分の手でできることを少しずつ増やしていく。
その姿勢は、これからも大切にしていきたいと思っています。
よろず小屋も、山の暮らしに必要な知恵や技術を、実際に手を動かしながら学び、自分の手でできることを少しずつ増やしていける場所にしたいと考えています。
一方で、どれほど多くの知恵や技術を身につけても、一人でできることには限りがあります。
そこで、もう一つ大切になるのが「ゆうげぇし」です。
次回は、早川の暮らしを支えてきたもう一つの力、「ゆうげぇし」について書きたいと思います。
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【クラウドファンディングの現在地】
9月28日現在、246人の皆さまから7,792,000円のご支援をいただき、ファーストゴール1,000万円の77%まで来ました。本当にありがとうございます。
募集終了まで、あと17日。ファーストゴールまで、あと2,208,000円です。
このクラウドファンディングはAll-or-Nothing方式のため、目標の1,000万円に届かなければ、支援金を受け取ることができず、よろず小屋の計画はいったん中止となります。
一人でも多くの方に、この取り組みを知っていただけたらうれしいです。引き続き、ご支援と情報のシェアをよろしくお願いいたします。



