
今回のエピソードを書き終え、最後の句点を打ったとき。
私は静かに、けれど深く、肺の底から息を吐き出しました。
ああ、これなのだ、と。
私がずっと書きたかったのは、そしてどうしても書かなければならなかったのは、この場面だったのだと、指先が微かに震えるような確信がありました。
物語の中で、主人公は栞という確かなあたたかさと、なぎの放つ強烈な幻影によって、一年で迷宮から救い出されます。絶望のガラスは割られ、開け放たれた窓からは圧倒的な光が差し込みました。
けれど、本当のことを言えば、現実の私は違ったのです。
現実の私は、たったひとりで、あの冷たく息の詰まる鏡張りの迷宮の中に、まる二年間も閉じ込められていました。 誰かが窓を開けてくれることもなく、見えない破片で血を流しながら、永遠のように続く淀んだ時間の中で、ただうずくまっているしかありませんでした。
だからでしょうか。今でも毎朝、洗面台の冷たい鏡の前に立つたびに、ふと思ってしまうのです。 この分厚いガラスの向こうから、あの時のなぎのように、誰かが「バーン!」と大きな音を立てて鏡をぶち破ってくれたなら、私はどんなに救われただろうか、と。 ひどく虚ろな自分の顔を見つめながら、あの時どうしても欲しかった光と、誰かに壊してほしかった暗闇の輪郭を、なぞるように思い出してしまうのです。
誰も破ってくれなかった永遠の迷宮を、私は「物語」という形を借りて、自分自身の言葉で叩き割る必要があったのかもしれません。 砕け散るガラスの向こうから差し込むファンタジー映画のようなまばゆい光を、他の誰でもない、私自身が一番切実に求めていたのでしょう。
この回は、かつての暗闇の中で一人震えていた私自身へ宛てた、祈りのような手紙です。
そして同時に、この残酷で美しい世界の手触りを確認するための、大切な儀式でもありました。
どうかこの物語の放つ光が、今もどこかの迷宮で、独り朝の鏡を見つめている誰かの心に、ふわりと届きますように。窓の向こうの青空を信じるための、小さな切符になれますように。
森の静寂の中で、私はただ、そんなふうに願っています。



