『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

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孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

琥珀色に溶け出した夕陽が、スーパーの軒先を淡く、けれど鮮やかに染め上げていた。

 手のひらの上で転がる、チープで安っぽいプラスチックの指輪。

だけど、それを通した西日の光はキラキラと無数に乱反射して、私の心は今、これ以上ないほどに踊っていた。

「ガチャガチャ? 私も回そっかな」

不意に、栞が色あせたガチャガチャの機械の前にしゃがみ込み、こちらをちらりと見上げた。

 知ってる。

栞が、私の指にはめられたこの指輪を、痛いほど意識していることくらい。

だけどね、栞。ごめんね。

「私が、もらったの」ふふんと鼻先で笑ってみせると、栞はわかりやすくムッとした顔になる。彼女は本当に、驚くほど対抗心が強い。

普段は張り合いがないくらい静かで「大人」の仮面を被っているくせに、『彼』のことになると途端に我がままな女の子の顔になるのだ。 

少しだけ力んで、ガチャリ、と硬質な音を立ててハンドルを回す栞。ゴロンと転がり出たカプセルの中身を覗き込んで、私はすかさず言い放った。

「うわ、はずれ」 

「ちょっ、はずれって何よ!」

いつもはすかしている栞の、焦り切った見事なツッコミ。

それがおかしくて、私はお腹を抱えて笑ってしまった。

あぁ、大好き。

栞って本当に良い。 

もし彼女じゃなかったら、私は絶対に『彼』のそばにはいさせなかった。

間違いなく、私のテリトリーから排除していた。 

我ながら少し怖い思想だと思うけれど、私はこの三人の、光だまりのような空間が何よりも大切で、愛おしい。

三人でキャッキャと騒いで、くだらないことで笑い合っている時間が、たまらなく幸せなのだ。いつか、この魔法みたいな時間は終わってしまうのかもしれない。

『彼』が栞と結婚したら、私はいられなくなるのかもしれない。 

でも、栞なら、なんだかんだと文句を言いながら私をそばにいさせてくれる気がする。

だから、栞がいい。 

他の有象無象の女の子は、片っ端から排除する。この前だって、私のクラスの子が「あの先輩いいよね」と頬を染めてきたから、『彼』にまつわる背筋も凍るような「呪われた伝説」をそっと耳打ちしてあげた。

内容はもう忘れちゃったけれど、彼女はしばらく小鹿のように震えていたから、かなり効いたみたい。

私は、『彼』が好き。

大好き。 

今、こうして指輪をもらって、空まで跳ね上がりたいくらい嬉しい。嬉しくて、本当につま先で少しだけ跳ねた。

もし私と『彼』が結婚したら、栞、いつでも遊びに来ていいよ。

いっそ近くに引っ越しておいでよ。 

……あ、我ながらナイスアイデア! それ、すっごくいい!

 私の趣味全開でとびきり可愛く飾った愛の巣に、栞が「相変わらず変な趣味してんね」とブツブツ文句を言いながら上がり込んでくるのだ。

うん、最高。よし、そうしよう。

妄想するだけで、心臓がこれまでにないくらい高鳴って、ワクワクしてくる。

 西日に透かしたプラスチックの赤は、世界中のどんな宝石よりも綺麗で、私の胸のずっと奥のほう、一番やわらかい場所をギュッと掴んで離さなかった。 

『彼』が私にくれた、不意打ちの、何の計算もない純粋な時間。 

それ以来、この指輪は私のポケットの中に潜む、誰にも教えないお守りになった。

栞は、頭が良くて、美人で、そして本当に不器用だ。 

彼女は自分の愛の重さを隠すために、いつもガチガチに透明な鎧を着込んでいる。

 今日だってそうだ。 駅前で待ち合わせた時、『たまたま暇だったから来た』みたいな涼しい顔をして立っていたけれど、私をごまかせるわけがない。 春の風を計算し尽くしたように揺れるシフォンスカート。鎖骨がきれいに見える、絶妙なVネックのベージュのトップス。

それに、すれ違う瞬間にだけふわりと鼻先をかすめた、あの花の匂い。 

あれは手首でも首筋でもない。わざわざ『膝の裏』に香水を仕込んでいたのだ。

どれだけの時間、鏡の前で悩んだのだろう。 

どれだけの思考を巡らせて、あの完璧な「隙」を演出したのだろう。

すごいなぁ、と思う。純粋に感心してしまう。 

彼女は彼を振り向かせるためなら、天気図を読み解き、心理学の本を読み漁り、何日でも平気で徹夜するだろう。

その異常なまでの情熱と執着心は、正直ちょっとゾクッとするくらいだ。

ちょっと引く。

でも、恋敵としては不足なし、だ。

でもね、栞。 恋って、数式じゃないんだよ。

いくら完璧なコーディネートを計算しても、膝の裏に秘密の香水を忍ばせても。

 夕暮れの中、ふざけて笑い合いながらもらった200円のプラスチックの指輪が持つ、あの圧倒的な「熱」には勝てない。

私はポケットの中で、赤い指輪の滑らかな表面にそっと指先で触れる。

 栞が何日もかけて築き上げた緻密なガラスの城壁を、私はいつだって、しなやかな猫みたいに軽々と飛び越えてみせる。

 だって私には、理屈じゃない、この絶対的な「本能(におい)」があるから。

長く伸びた三人の影が、オレンジ色の舗道に並んでいる。

 私は、この三人でいることが好き。ずっとこうしていたい。永遠に。

(ね、センセー。私まだ子供だけどね、『愛』ってなんだか、ちゃんと知ってるよ)

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