『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

現在の支援総額

48,000

1%

目標金額は2,500,000円

支援者数

8

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/06/23に募集を開始し、 8人の支援により 48,000円の資金を集め、 2026/07/31に募集を終了しました

『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

現在の支援総額

48,000

1%達成

終了

目標金額2,500,000

支援者数8

このプロジェクトは、2026/06/23に募集を開始し、 8人の支援により 48,000円の資金を集め、 2026/07/31に募集を終了しました

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

エンタメ領域特化型クラファン

手数料0円から実施可能。 企画からリターン配送まで、すべてお任せのプランもあります!

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

切ない恋物語 の付いた活動報告

琥珀色に溶け出した夕陽が、スーパーの軒先を淡く、けれど鮮やかに染め上げていた。 手のひらの上で転がる、チープで安っぽいプラスチックの指輪。だけど、それを通した西日の光はキラキラと無数に乱反射して、私の心は今、これ以上ないほどに踊っていた。「ガチャガチャ? 私も回そっかな」不意に、栞が色あせたガチャガチャの機械の前にしゃがみ込み、こちらをちらりと見上げた。 知ってる。栞が、私の指にはめられたこの指輪を、痛いほど意識していることくらい。だけどね、栞。ごめんね。「私が、もらったの」ふふんと鼻先で笑ってみせると、栞はわかりやすくムッとした顔になる。彼女は本当に、驚くほど対抗心が強い。普段は張り合いがないくらい静かで「大人」の仮面を被っているくせに、『彼』のことになると途端に我がままな女の子の顔になるのだ。 少しだけ力んで、ガチャリ、と硬質な音を立ててハンドルを回す栞。ゴロンと転がり出たカプセルの中身を覗き込んで、私はすかさず言い放った。「うわ、はずれ」 「ちょっ、はずれって何よ!」いつもはすかしている栞の、焦り切った見事なツッコミ。それがおかしくて、私はお腹を抱えて笑ってしまった。あぁ、大好き。栞って本当に良い。 もし彼女じゃなかったら、私は絶対に『彼』のそばにはいさせなかった。間違いなく、私のテリトリーから排除していた。 我ながら少し怖い思想だと思うけれど、私はこの三人の、光だまりのような空間が何よりも大切で、愛おしい。三人でキャッキャと騒いで、くだらないことで笑い合っている時間が、たまらなく幸せなのだ。いつか、この魔法みたいな時間は終わってしまうのかもしれない。『彼』が栞と結婚したら、私はいられなくなるのかもしれない。 でも、栞なら、なんだかんだと文句を言いながら私をそばにいさせてくれる気がする。だから、栞がいい。 他の有象無象の女の子は、片っ端から排除する。この前だって、私のクラスの子が「あの先輩いいよね」と頬を染めてきたから、『彼』にまつわる背筋も凍るような「呪われた伝説」をそっと耳打ちしてあげた。内容はもう忘れちゃったけれど、彼女はしばらく小鹿のように震えていたから、かなり効いたみたい。私は、『彼』が好き。大好き。 今、こうして指輪をもらって、空まで跳ね上がりたいくらい嬉しい。嬉しくて、本当につま先で少しだけ跳ねた。もし私と『彼』が結婚したら、栞、いつでも遊びに来ていいよ。いっそ近くに引っ越しておいでよ。 ……あ、我ながらナイスアイデア! それ、すっごくいい! 私の趣味全開でとびきり可愛く飾った愛の巣に、栞が「相変わらず変な趣味してんね」とブツブツ文句を言いながら上がり込んでくるのだ。うん、最高。よし、そうしよう。妄想するだけで、心臓がこれまでにないくらい高鳴って、ワクワクしてくる。 西日に透かしたプラスチックの赤は、世界中のどんな宝石よりも綺麗で、私の胸のずっと奥のほう、一番やわらかい場所をギュッと掴んで離さなかった。 『彼』が私にくれた、不意打ちの、何の計算もない純粋な時間。 それ以来、この指輪は私のポケットの中に潜む、誰にも教えないお守りになった。栞は、頭が良くて、美人で、そして本当に不器用だ。 彼女は自分の愛の重さを隠すために、いつもガチガチに透明な鎧を着込んでいる。 今日だってそうだ。 駅前で待ち合わせた時、『たまたま暇だったから来た』みたいな涼しい顔をして立っていたけれど、私をごまかせるわけがない。 春の風を計算し尽くしたように揺れるシフォンスカート。鎖骨がきれいに見える、絶妙なVネックのベージュのトップス。それに、すれ違う瞬間にだけふわりと鼻先をかすめた、あの花の匂い。 あれは手首でも首筋でもない。わざわざ『膝の裏』に香水を仕込んでいたのだ。どれだけの時間、鏡の前で悩んだのだろう。 どれだけの思考を巡らせて、あの完璧な「隙」を演出したのだろう。すごいなぁ、と思う。純粋に感心してしまう。 彼女は彼を振り向かせるためなら、天気図を読み解き、心理学の本を読み漁り、何日でも平気で徹夜するだろう。その異常なまでの情熱と執着心は、正直ちょっとゾクッとするくらいだ。ちょっと引く。でも、恋敵としては不足なし、だ。でもね、栞。 恋って、数式じゃないんだよ。いくら完璧なコーディネートを計算しても、膝の裏に秘密の香水を忍ばせても。 夕暮れの中、ふざけて笑い合いながらもらった200円のプラスチックの指輪が持つ、あの圧倒的な「熱」には勝てない。私はポケットの中で、赤い指輪の滑らかな表面にそっと指先で触れる。 栞が何日もかけて築き上げた緻密なガラスの城壁を、私はいつだって、しなやかな猫みたいに軽々と飛び越えてみせる。 だって私には、理屈じゃない、この絶対的な「本能(におい)」があるから。長く伸びた三人の影が、オレンジ色の舗道に並んでいる。 私は、この三人でいることが好き。ずっとこうしていたい。永遠に。(ね、センセー。私まだ子供だけどね、『愛』ってなんだか、ちゃんと知ってるよ)


カラン、と。古い喫茶店の鈍いドアベルが鳴って、二人が出てきた。傾きかけた太陽が街をすっぽりと琥珀色に染め上げる、夏の終わりの夕暮れ。 店の外で待っていた僕は、手持ち無沙汰のあまり、軒先にぽつんと置かれた色褪せたガチャガチャを回していたところだった。 ガチャリ、と軽い音を立てて手のひらに転がり落ちたプラスチックのカプセル。中に入っていたのは、子供騙しのチープな指輪だった。赤いプラスチックの宝石がついた、銀色のメッキ。「あ」店から出てきたなぎが、僕の手元を見て小さく声を上げた。 メロンソーダの甘い余韻を唇に残したままのような、無防備で柔らかい表情。彼女の大きな瞳が、僕の指先で光る安っぽいオモチャに釘付けになっている。 そのあまりに真っ直ぐな視線に、僕は思わず苦笑して、カプセルから取り出したそれを軽く放った。「やるよ」 「えっ、いいの?」両手でしっかりとそれを受け取ったなぎの顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなる。その横で、栞の足がほんの一瞬だけ止まったのを、僕は気づかなかった。 ふいに突きつけられた無造作なやり取り。栞の胸の奥で、小さな棘がチクリと刺さるような痛みが走った。けれど、それは本当に一瞬のことだった。「わあ……」なぎが、そのおもちゃの指輪を高く掲げたからだ。 西日が、赤いプラスチックの宝石を射抜く。チープなはずのそれは、琥珀色の光を吸い込んで、まるで本物のルビーのように透き通った赤い光をなぎの頬に落とした。「けっこうキレイ」うっとりと目を細めるなぎ。そのあまりにも無邪気で、純粋に喜ぶ横顔を見て、栞は小さく息を吐き出し、胸の奥の痛みをそっと心の底へ沈めた。 こんな風に笑う彼女の前で、暗い感情なんて抱いてはいけない。栞は気を取り直すように、いつもの明るい声を作って空気を変えた。「さ、遅くなっちゃう。行こう」歩き出そうとする栞の腕に、なぎがふざけた調子で自分の腕を絡ませる。指輪をはめた左手をひらひらとさせながら、なぎは悪戯っぽく笑った。「どこへ? 教会?」 「は?」 「エスコートして、お母さん」 「お母さん言うな!」栞の呆れたような、でも隠しきれない愛情が滲むツッコミに、なぎがケラケラと涙が出るほど笑い転げる。僕もつられて笑い、三人の影が長く、長く、オレンジ色のアスファルトに伸びていった。どこまでも透き通っていた、他愛のない会話。 夕日に溶けていくような、二人の眩しい笑顔。 ただのプラスチックの指輪が、永遠の輝きを持っていると錯覚できた時間。——素晴らしかった。本当に、美しかったのだ、あの日は。あのおもちゃの指輪が、やがて鋭利な刃となって彼女の心を縛り付け、僕たちを暗闇の底へと引きずり込む鎖になることなど、まだ誰も知らなかった。 ただ琥珀色の時間の中で、僕たちは無防備に、永遠を信じて笑い合っていた。


なぎの笑い声は、透き通った炭酸水みたいだ、といつも思う。 シュワシュワと光を反射して弾けて、周りの空気まで明るく、甘く、美味しくしてしまう魔法。琥珀色の西日が差し込む窓辺で、彼女がふわりと笑う。その日、私たちは少し遠出して、ツタの絡まる路地裏にあるレトロな喫茶店に陣取っていた。 使い込まれたエンジ色のベルベットのソファ。柱時計の低い音が響く店内で、テーブルの真ん中にドカンと鎮座するのは、この店の名物『タワー・オブ・プリンアラモード』だった。窓から差し込む午後の光が、カットグラスの中でキラキラと乱反射している。「ねぇ、しおりん?……これ、本当にふたりで食べ切れるの?」 なぎは琥珀色の瞳をまん丸にして、不安そうに私を見上げた。その横顔の細い産毛までが、光に透けて金色の輪郭を描いている。その無防備な顔があまりにも可愛くて、私はつい、頼れる保護者を気取ってふんぞり返った。「任せて。私の胃袋はブラックホールだから。なぎは好きなフルーツだけ食べなよ」そう言いながら、私は一番上に乗った、宝石のように艶やかな『さくらんぼ』を、スマートにスプーンですくい上げ……なぎのお皿に乗せてあげようとした。……が、ツルッ。それはまるで、スローモーションのようだった。赤いさくらんぼは無情にも銀色のスプーンから滑り落ち、純白の生クリームの雪山を鮮やかに滑落。そのままテーブルをポーンと軽快にバウンドして、私のグラスの、深いエメラルドグリーンのメロンソーダに向かって「ぽちゃんっ!」と美しいダイブを決めた。数秒の沈黙。カラン、と氷が溶ける音が鳴る。 緑色の甘い水底で、赤いさくらんぼがシュワシュワと細かい銀色の泡を纏っている。「……メロンソーダ・チェリー添えの完成です」 私が大真面目な顔でそう言うと、なぎはピタッと動きを止め、肩を震わせ、次の瞬間、こらえきれないように吹き出した。「あはははっ! なにそれ、しおりん、奇跡の軌道すぎる!」お腹を抱えて笑うなぎ。窓越しの陽光が彼女の髪をきらきらと照らし、涙目になりながら笑い転げるその屈託のない笑顔を見ていると、さくらんぼを落とした私の恥ずかしさなんて、一瞬で光の中へ溶けて消えてしまった。「笑いすぎ! 私の華麗なマジックなんだからね!」 「もう、お腹痛い……っ」結局ふたりで、プリンアラモードの甘い山が溶けて崩れるのも構わず、ただただ、しばらく笑い転げた。なぎの、この無防備で楽しそうな笑顔が大好きだった。 甘い匂いに包まれて、他愛のないことで笑い合って。永遠なんてないと知っているのに、ずっと、ずっと、この黄金色の時間が続けばいいのにと願った。この温かくて甘く、キラキラと輝く日常こそが、私たちの「すべて」だと信じて疑わなかったのだ。あんなにも優しくて、太陽みたいに眩しかった彼女が、やがてこの光あふれる世界をすべて投げ打って、あっちの暗闇の「駅」へと駆け出していくことになるなんて。メロンソーダの泡が弾けるようなこの時の私たちは、まだ先の運命を何も知らずに、ただ、並んで笑い合っていた。


「それで、どうなるんですか?」カメラが止まった合間や、打ち合わせのふとした瞬間に、出演者たちから目を輝かせてそう聞かれます。 実は、彼女たちも『なぎのえき』の本当のラストシーンをまだ知りません。今回、皆様にお届けするリターンとして一から書き下ろしている「完全版小説」。 私にとって脚本の執筆は日常ですが、情景や心情を言葉だけで隅々まで描き出す「小説」への挑戦は、これが初めてでした。執筆にあたっては、元編集者や小説家の友人たちに頼り、夜な夜な相談を重ねながら、ひとつひとつの言葉を紡ぎ直してきました。 そうしてようやく書き上げた最終回。原稿を読んだ彼らから、こんな言葉が返ってきたのです。「……鳥肌が立った」プロとして数々の物語に触れてきた彼らの心を震わせた、あの結末。 それを何よりもまず、プロジェクトを応援してくださる皆様と共有したい。その強い想いが、今の私の大きな原動力になっています。思い返せば、私にも憑かれたように物語を欲していた時期がありました。 池袋の大きな書店で、両手で抱えきれないほどの恋愛小説を買い込み、そのまま千葉のホテルに何日も籠って、ただひたすらに活字の波に溺れ、読み漁っていた日々。あの時、私の心に蓄積された無数の「切なさ」や「愛おしさ」の欠片が、長い時間を経て、ついに『なぎのえき』というひとつの物語として結実しました。 書き上げた瞬間の、胸を突き抜けるような青空のような喜びと興奮が、今の私を真っ直ぐに突き動かしています。プロジェクトは、いよいよラストスパートです。演じる彼女たちすらまだ知らない、なぎと先生の「真の結末」。 海風が吹き抜けるその駅で、二人は最後にどんな答えを出すのでしょうか。どうか皆様と一緒に、この切なくも激しい『なぎのえき』への旅に出たい。 心からの感謝とともに、皆様のご乗車をお待ちしております。プロデューサー・篠原#なぎのえき #クラウドファンディング #ラストスパート #完全版小説#エンタメ #唐津 #地方創生 #桜乃遥香 #癒やし #純愛


ガタン、ゴトン。規則的にレールを刻む鉄の軋みだけが、深夜のローカル線に響いている。都会の地下鉄や新幹線の無機質な揺れとは違う。その少し荒々しくも一定の揺れは、まるで古いゆりかごのように、僕の胸でささくれ立っていた焦燥感を少しずつなだめていった。窓の外は完全な暗闇だ。流れる景色は何一つ映らない。ただ、真っ黒なガラスの向こうには、ひどく疲れ切った自分の顔だけが幽霊のように浮かんでいる。時折、線路沿いの家々の明かりがその顔の上を通過し、ドップラー効果を伴う踏切の赤い警報機が、僕の虚ろな網膜に痛々しい残像を焼き付けていく。やがて、列車はいつもの駅へと差し掛かった。プラットホームに滑り込み、重いブレーキの音が夜気を切り裂く。プシュゥとドアが開き、僕は立ち上がって降りようとした。しかしその時、ドン、と。強い力が僕の胸を押し戻した。「……なぎ?」見下ろすと、なぎが僕の胸に両手を当てて、通せんぼをするように立っていた。発車ベルが鳴り、ドアが無情に閉じられる。列車は再び、重々しい鉄の軋みを上げて走り出してしまった。なぎは僕を見上げると、いたずらが大成功した子どものように「へへっ」と笑った。僕は「やれやれ」と小さく息を吐き、なぎに手を引かれるまま、誰もいない車両のボックス席へと腰を下ろす。なぎは僕の向かい側ではなく、隣にちょこんと座った。そして、ふてくされたように窓の外の暗闇へ顔を向ける。いつも凪いだ海のように飄々としている彼女が、これほどあからさまな態度をとるのは珍しかった。感情の上下差が激しすぎて、サウナなら整ってしまいそうだ、なんて的外れなことを考える。「……遅いよ」窓ガラスに向けられたまま、ぽつりと声が落ちる。「うん」「しおりんのところに行くんでしょ?」「……うん」「行かないで」蛍光灯が虫の息のように明滅した。「……え……」「このまま、私といてよ」「なぎ……」「ずっと、寂しかった。寂しかったんだ」いつも本心を誤魔化して笑うなぎの、初めて聞くストレートな言葉に僕は戸惑った。彼女の伏せられた長い睫毛の下で、何かが臨界点に達しようとしているのがわかった。「ずっと寂しかったんだよっ!」ドン、と。再び小さな拳が僕の胸を叩いた。それは、彼女が僕の前で初めて見せた、生々しい「激昂」だった。完璧だった彼女の仮面が砕け散り、奥に隠されていた傷口がむき出しになる。「好きだもん! センセーが好きだもんっ!」なぎは僕のネクタイをきつく掴み、僕の顔を真っ直ぐに射抜いた。その瞳には、今まで見たこともない、どす黒く燃え盛るような感情の炎が宿っていた。大粒の涙が、彼女の白い頬を次々と伝い落ちる。「ずっと、ずーっと、センセーの書く物語に住んでいたいって思ってた。センセーの心の中にいたいって……センセーが考える『最高のヒロイン』でいたいって、そう思ってたのに!」「なぎ、違う、僕は――」「違わない!」悲鳴のような声が、列車の轟音を切り裂いた。「私、できること何でもやった。いっぱい走って、どこかわかんないとこ走り抜けて、駅にきた。そして電車に間に合った! しおりんに会いに行くセンセーを止めにきた。センセーを、止めに来たんだ!」なぎは、掴んだ僕のネクタイをぐいっと手前に引き寄せた。次の瞬間、僕の唇に柔らかくも暴力的な熱が押し当てられた。噛みつくようなキス。彼女がどれほどの孤独と絶望をひとりで抱え込み、必死に僕を繋ぎ止めようとしていたのかが、その痛みを伴う口付けから暴力的なまでの質量を持って伝わってくる。唇が離れると、彼女は荒い息を吐きながら僕を睨みつけた。「もう、栞に会わないで。私を選んで!」「ずっと、私を描いて……っ!」なぎは僕のネクタイを掴んだまま立ち上がり、ぐいぐいと僕を列車の最後尾へと引き摺っていく。暗い車内をよろめきながら歩く。やがて最後尾のドアの前に着くと、なぎはようやく僕のネクタイから手を離した。窓の外から、ゴォォォという低い風鳴りが聞こえ始めた。列車は大河を渡る巨大な鉄橋に差し掛かっていた。なぎは僕の目を、ただ静かに見つめ返した。さっきまでの激しい涙も怒りも嘘のように消え、そこにあるのは、この世に僕しか存在しないかのような、透明で絶対的な眼差しだった。いや、今のなぎにとって、本当にそれしか存在しないのだ。「愛してる。愛してるんだ」呪いのように、あるいは祈りのように。その決定的な言葉を零した次の瞬間だった。ガチャン、と硬質な音が響いた。非常用のコックが引かれる。なぎは走行中の列車のドアを開け放った。車内に吹き込んだ夜の暴風が、彼女の髪を狂ったように巻き上げる。暗黒の闇と、眼下を流れる大河の轟音が、ぽっかりと開いた口で彼女を飲み込もうとしていた。なぎは、夜の風にふわりと舞うように、その細い身体をあっさりと闇の中へ投げ出した。「なぎっ!!」僕は喉が千切れるほど彼女の名前を叫び、暗黒に向かって手を伸ばした。一瞬で、宙を舞っていたなぎの輪郭は、完全な暗闇の中へと消え去った。僕は――この続きはリターンの電子書籍『なぎのえき【最終完全版】』でお楽しみください。ショートストーリー2編を含む、『なぎのえき【最終完全版】』はこのクラウドファンディングのみの提供となります。


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!