能登の食を未来へ。輪島の想いと能登豚が集う、新しい焼肉店を宝達志水に作りたい

肉のプロが選ぶ「朝採れ能登豚」の感動を。石川県初・無煙ロースターで、最高の鮮度を味わう焼肉店を作ります 。輪島の仲間と地域の味を守る、宝達志水での挑戦。能登の食を次世代へ残す応援を!

現在の支援総額

127,000

25%

目標金額は500,000円

支援者数

9

募集終了まで残り

10

能登の食を未来へ。輪島の想いと能登豚が集う、新しい焼肉店を宝達志水に作りたい

現在の支援総額

127,000

25%達成

あと 10

目標金額500,000

支援者数9

肉のプロが選ぶ「朝採れ能登豚」の感動を。石川県初・無煙ロースターで、最高の鮮度を味わう焼肉店を作ります 。輪島の仲間と地域の味を守る、宝達志水での挑戦。能登の食を次世代へ残す応援を!

「志お食堂」は、50年以上続いてきた老舗の食堂です。この周辺の地域の人にとってオムライスといえば志お食堂というほどに親しまれ、愛されてきました。志お食堂がもともと営業していた店舗は、2024年元日の地震で被害を受けて営業を続けることが難しくなりました。移転の検討もされたのですが、結局すべて難しいとなり、行き場所が無くなってしまいました。私はその時には「焼肉 輪乃くに」の立ち上げを考えていました。そこで「志お食堂を守りたい。輪乃くには夜営業する業態なので昼間は店舗を使わない。それなら、昼は志お食堂、夜は輪乃くにという形でお店をシェアできないか」と考えて提案しました。志お食堂さんはこの考えを受け入れてくれて、「昼は志お食堂、夜は輪乃くに」の形で営業することになりました。だから店頭の看板には2つのお店の名前が書いてあります。私たちが輪乃くにを始める時に考えていたのは「地域にずっと根付いてきた日常や、そこで働く人たちの仕事、長年育まれてきた人のつながりを、絶やさずに繋いでいく」ということでした。もとに戻るまで長い戦いになるであろう輪島や能登の食材を輪乃くにで扱いたいと思ったのもその一環です。だから、志お食堂がこれまで紡いできた歴史を途絶えさせずつなげていける形ができたこともまた、私にとっては嬉しいことなのです。輪乃くには基本的にランチ営業はしませんが、志お食堂が休みになる第1日曜日だけはランチもやる予定です。「志お食堂は毎日やっている」と思ってせっかく来てくれたお客さんが、「あれ、今日は休みなんだ...」とガッカリして帰っていくくらいなら、自分たちでランチ営業をして、輪乃くにのことも知ってもらって、夜の焼肉にも来てもらえるようにする。そんなふうに考えています。宝達志水町の志お食堂/輪乃くにというこのお店が、地域の小さな灯火になれるようにこれからもがんばって行きます。この挑戦の続きを見守り応援してください。


毎日仕入れの現場へ。「鮮度」にこだわっています別の記事でも書いた通り、私は肉の卸業にも従事しています。毎日朝採れの新鮮なお肉を仕入れに行っています。それは、「いかに鮮度の良い状態で、最高の状態の肉を味わってもらうか」を大切にしているからです。朝採れで仕入れれば、素材が持つ本来の旨味や品質をそのままキープして流通させられます。能登豚の魅力は、何といっても「脂の甘さ」私が仕入れているお肉のなかに、「能登豚」があります。石川県の豚といえば能登豚です。能登で飼育して食肉にする豚が能登豚です。(石川県内には能登にしか豚がいませんので、石川県の豚≒能登豚となります)能登豚の最大の特徴は、何といっても「脂の甘さ」にあります。トントロは、脂が重くてたくさんは食べられないイメージがあるかもしれませんが、能登豚の脂は甘くて重くない。部位ごとの肉の味もしっかりと感じられます。部位や肉質によっては「冷凍」で美味しくなる場合も一般的に、一度冷凍して解凍するお肉より、冷凍を経ていないお肉のほうが美味しいと考えられていますが、あえて冷凍することでさらに美味しくなるお肉もあります。もちろん、すべての肉が冷凍に向くわけではありませんが、厳選された質の良いお肉は、適切に冷凍・解凍を経ることで繊維がほぐれ、もちもちとした素晴らしい食感に生まれ変わります。美味しいお肉と楽しい会話で盛り上がってほしい「焼肉 輪乃くに」では、能登豚をはじめ、美味しいお肉を揃えています。お店で出している肉は、肉の卸のプロとしてこだわっています。そんな味わいのあるお肉と、楽しい会話・楽しい雰囲気の両方を、ぜひ楽しみに来てください。また、今回のクラウドファンディングのリターンNo.5~8は、能登豚のホルモンミックスを冷凍クール便でお届けするものです。宝達志水町の「輪乃くに」まで来るのは難しいけれど...という方は、ぜひご自宅で能登豚の美味しさを味わってください♪


輪島での日々から、新たな挑戦へ「焼肉 輪乃くに」の店長をお願いした恵美さんは、もともと輪島のホテルで働いていました。その時代にBarジョンブルにお客さんとしてしばしば遊びに来てくれていたご縁で知り合いました。2024年元日の地震で彼女の仕事や日常が大きく変わりました。あの地震で大きな被害を受けた輪島。ホテルでの仕事を継続するのは難しそうでした。一方、私は私で「焼肉 輪乃くに」を立ち上げる話が段々と本格的になっていくなか、「Barと肉の卸業に加えて焼肉屋まではやりきれない。誰かに焼肉屋の店長をお願いしたい」と思っていました。そこで声をかけたのが恵美さんでした。輪島出身。輪島で働いた経験。「輪乃くに」は輪島を集めて輪島を感じられるお店にする。「輪島」というキーワードで、ガチっと歯車がかみ合いました。輪乃くにがオープンするまでの1年間、他の焼肉店で修業をしてもらいました。食材の扱い方や肉の魅力を真摯に学び、技術を磨いてきました。こだわりの肉と、あたたかな店づくりお店で提供するのは、毎朝仕入れる新鮮な能登豚をはじめとしたこだわりの肉の数々です。脂が驚くほど甘く、旨味が詰まったお肉を、煙が出ない最新の無煙ロースターで最も美味しい状態で味わうことができます。「良いものを、できるだけ良い状態で、お腹いっぱい食べてほしい」 お店を始める時に思っていたこのコンセプトを、恵美さんも十分に理解・共感して、厨房に立ってくれています。地域の人たちがいつでも気軽に集まれる、温かい空間づくりを目指しています。「焼肉 輪乃くに」が地域にある意味「輪乃くに」は、輪島を感じられるお店です。輪島出身であり輪島で働いていた経験もある恵美さんは、輪島のことをよく知っています。お店に来て美味しいものを食べながら彼女との会話も楽しんで欲しいです。そして、震災を乗り越え、新しい場所で再出発する恵美さんのことも応援してほしいです。このお店が地域の人や遠方から訪れる人にとっての「新しい居場所」「交わりの場所」になってほしいと思います。皆様の温かいご支援を、心よりお待ちしております。


工場から片町へ!やりたいことに打ち込んだ日々私の社会人としての出発点は工場勤務です。高校時代からやりたいことがたくさんありました。工業高校を卒業したし、まずは工場に勤めよう。そこで実力をつけてからやりたいことをやろう。そう考えて、最初の4年はグローバル企業傘下のベアリング工場で働きました。そのあと町工場に転職して3年過ごしました。町工場で役職をもらえることになった時、自分の中で一つ目印にしていたところを通過したと思いました。「よし、辞めて次のやりたいことに進もう」もともとバーの経営をやりたいと思っていました。金沢の繁華街・片町のバーで勤め始めました。バーの経営やお酒・接客の修行をスタートさせました。Barと肉の卸業。流れを掴みに行ってたどり着いた二刀流祖父が半世紀前に購入し、妹さんに店長を任せていたBarジョンブル。妹さんの高齢による引退を機に、ジョンブルの経営を引き継ぎたいと祖父に直談判しました。水商売を継ぐことに反対していた祖父。でも、私が片町のバーで真面目に働いている姿を見て、私の本気を認めてくれて、最終的に引き継ぐことを了承してくれました。片町のバーで何年か修行して、本格的にジョンブルをやりたい。そう思っていた矢先、コロナ禍が始まりました。緊急事態宣言。アルコールの提供禁止。瞬く間に状況が一変しました。当然、バーも休業を余儀なくされました。そんな時、母が手伝っていた焼肉店を私も手伝うことになりました。当時、金沢市以外の場所ではアルコールの提供ができたので、このお店は繁盛していて人手が足りておらず、バー休業で時間を持て余していた私に声がかかったようです。焼肉店のオーナーは母の親友の旦那さん。その縁で母もそのお店を手伝っていました。オーナーは焼肉店の経営のほか、肉の卸業もやっていました。卸業から引退するといったオーナーに直談判して、仕入れの権利と今抱えているお客さんをすべて引き継がせてほしいと言いました。この話がまとまり、肉の卸業の世界に足を踏み入れることになりました。こうして今はBarと肉の卸業の二足のわらじを履いて仕事をしています。震災を乗り越え、「無いなら、自分で作っちゃえばいいじゃん」2024年、能登半島地震。 私たちのいる宝達志水町・北川尻エリアは砂地だったおかげで奇跡的に大きな被害は免れましたが、周りでは馴染みの飲食店が続けられなくなるなど、街からパッと灯りが消えそうになっていました。「地元の若者たちがワイワイ集まれる場所がないなら、作っちゃえ!」「遠くまで行かなくても、地元で最高に美味いものが食えて、アホみたいに笑える場所が欲しい!」そう思ったらもう止まらないのが私です。 昼はみんながホッとできる「志お食堂」夜は極上の能登豚とホルモンが食べられる「焼肉 輪乃くに」1店舗で昼も夜も美味しいスタイルを立ち上げました。 ランチ営業は「志お食堂」としてオムライスなどを提供、夜は「焼肉 輪乃くに」に早変わり県内初となる無煙ロースターを採用したり、輪島の仲間たちとガッチリ手を組んだり、とにかく「面白い場所」を作っています。この街から、もっと面白い未来を作る!これまでの全部の経験が、今の私のエネルギー源になっています。「無いなら、自分で作る。」今回のプロジェクトは、ただの店舗の改装や資金集めじゃありません。この地域にもっとワクワクする風を吹かせて、「ここから面白い未来を作っていく!」という私の大きな企みです。一緒に面白がってもらえたら最高です。引き続き、熱い応援とご支援を、よろしくお願いします!


焼肉店「輪乃くに」のクラウドファンディングに注目してくださりありがとうございます。今回のプロジェクトについて改めて語らせてください。宝達志水町はよい町「輪乃くに」は、宝達志水町というところにあります。能登半島の入口辺り、「オムライスの町」として名前が通っています。※大阪の人気洋食店「北極星」の創業者&オムライスの生みの親とされる北橋茂男さんがこの町の出身であることから「オムライスの町」と呼ばれています宝達志水町は、「何もない」と言って若者がどんどん都市部に出ていってしまうのですが、本当はいい町です。能登で一番高い山の宝達山は絶景スポットです。日本で唯一、車で波打ち際を走れる千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイや、国の重要文化財に指定されている加賀藩十村役 喜多家のように、観光の見どころもあります。保育園の費用をはじめ子どもに関係するお金はほとんどが公費で助成されるため、子育てがとってもしやすいのです。でも、なかなか魅力が伝わらない。そのことを歯がゆく思っています。純朴ないい子たちが宝達志水町にはたくさんいる能登の震災の年は成人式も中止になりましたが、「成人式にみんなで集まりたかった」と言っていたあの年の新成人たちの顔は忘れられません(なので、自分のお店として経営していたBarジョンブルを貸して、有志の成人パーティーに使ってもらいました)。純朴で本当にいい子たちです。「宝達志水町には何もないから」と都市部へ行ってしまう人もいますが、地元に残ってくれている子たちもいます。そういう子たちに、「地元の良さ」「能登や輪島の刺激」を味わってほしい、色々な経験をする場所を作ってあげたい、という想いもあります。だから「輪乃くに」は「能登を味わえる店」にしたいのです。能登を味わえる店能登豚のほかにも、・無煙ロースターで焼いて食べる輪島のフグ・塩サイダーをはじめ、能登尽くしの食材を集めて、「能登を感じられる」ことを大事にします。店長は輪島出身店長を任せる恵美さんは輪島の出身です。もともと輪島で働いていましたが、震災で仕事を続けられなくなり、この先どうしようと考えた結果、「輪乃くに」の店長をやってもらえることになりました。(彼女のストーリーはまた別の投稿でも紹介したいと思っています)「恵美さんがいるなら食べに行くよ」と応援して声をかけてくれるお客さんもいます。能登の復興は長い戦いになると思います。ひとまずは、食べ物や輪島出身の店長との会話を通して「能登を味わえる」場所を宝達志水町に作りたいですし、そういう場所を続けていくことで「能登や輪島に想いのある人が集まって来られる」場所にしていきたいと思っています。能登や輪島の復興に、復興事業とは少し違う、「人の集まる場所づくり」という観点から挑戦します。ぜひ今回のプロジェクトを見守ってください。


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