
「支援する」だけでは、友達にはなれない。
前回は、「医療的ケア児や特性のある子どもと初めて関わってどうだった?」というテーマで、大学生たちの正直な声をご紹介しました。最初は、「どうしたらいいかわからない」「どう声をかければ伝わるのかわからない」そんな戸惑いがありました。でも、一緒に過ごす中で少しずつ、「目線を追うと、好きなものがわかる」「体が動かなくても、工夫すると自分でできることがある」ということに気づいていきました。
今回は、その続きです。テーマは、「発達特性のある子どもと友達になるとは⁉」です。
1日、一緒に公園へ。
今回、大学生たちは発達特性のある子どもと一緒に、公園でのイベントに参加しました。ただ「一緒に遊ぶ」だけではありません。1日の中で、車椅子を押す、ワークショップへの参加を補助する、昼食の補助、排泄の補助など、さまざまな場面で子どもと関わりました。
もちろん、すぐ隣には普段から関わっている支援スタッフがいます。学生だけですべてを判断するのではなく、困ったときには支援スタッフに相談しながら、一緒に過ごします。
「うまくできない……」
そして、今回も学生からは、きれいごとではない声が出てきました。
昼食では、「昼食を食べる時の補助の仕方や、食べるペースがなかなか合わせられなかった。」食事は毎日のことだからこそ、簡単ではありません。「次はこれを食べよう」「これくらいの量かな」と思っても、その子のペースと自分のペースは違います。相手を見ながら、待つ。合わせる。また様子を見る。そんな繰り返しが必要になります。
排泄の訴えも、わからない。
さらに、「排泄の訴えがわからず、隣にいた支援スタッフに助けてもらった。」という声もありました。一緒に過ごしてみると、「言葉で伝えてくれるとは限らない」ということに気づきます。表情なのか。動きなのか。声なのか。いつもと違う様子なのか。そのサインを知っている支援スタッフだからこそ気づけることもあります。学生がわからないことがあれば、支援スタッフに助けてもらう。それでいいんです。最初から何でもわかる必要はありません。
「僕が補助しても、楽しそうじゃない……」
そして、学生にとって特に印象に残った出来事がありました。ワークショップへの参加です。学生が一緒に参加し、補助してみたものの、「あまり楽しそうではなかった。」ところが、「支援スタッフが補助するとニコニコしている。」同じワークショップ。同じ子ども。でも、関わる人が変わると反応が違う。これは、学生にとって少しショックだったかもしれません。「自分の関わり方が違うのかな?」「何が違うんだろう?」そんな疑問が生まれます。
でも、そこで終わらなかった。
それでも学生たちは、関わり続けました。そして、一緒に過ごす時間の中で、少しずつ変化が生まれていきます。
一緒に滑り台を滑ってみた。
「一緒に滑り台を滑ることで、どのように補助すればよいか少しつかめた気がする。」最初は、「どう支えたらいい?」「どこを持ったらいい?」「どのくらい手伝ったらいい?」とわからなかった。でも、実際に一緒に滑ってみる。その子の動きを感じる。表情を見る。すると、「ここは支えたほうがいい」「ここは自分でできそう」ということが、少しずつ見えてきます。
「全部、手伝えばいい」わけじゃない。
そして、今回の体験の中でも特に印象的なのが、この言葉です。「すべてにおいて支援や補助が必要ではなくて、その子のやる気や能力が最大限引き出せるように立ち回ることが分かった。」これは、かなり大きな気づきだと思います。「障害があるから、手伝わなければ。」そう思ってしまうことがあります。でも、実際には、「手伝うこと」と「何でもやってあげること」は違う。その子が自分でできること。やってみたいこと。少し頑張ればできること。そこを見ながら、必要なところだけサポートする。それも、一緒に過ごすための大切な関わり方なのかもしれません。
手話がわからなくても、伝わることがある。
そして、もう一つ。「手話はわからなくても、表情や口の動きでなんとなく理解できた。」という声もありました。もちろん、すべてがわかるわけではありません。間違えることもあります。でも、「言葉がわからないから、コミュニケーションできない」ではない。表情を見る。口の動きを見る。声を聞く。体の動きを見る。一緒に過ごす。そうやって少しずつ、「この人は、今どう感じているんだろう?」を考えるようになる。
「支援する人」と「される人」だけではない関係へ
今回の体験を振り返ると、最初の学生は、「どうしたらいいかわからない」というところから始まっています。そして、「食事のペースが合わせられない」「排泄の訴えがわからない」「自分が補助しても楽しそうじゃない」という経験をします。でも、そのまま終わりませんでした。一緒に遊んで、一緒に過ごして、相手の表情を見て、少しずつ相手のことがわかってくる。そして、「何をしてあげるか」ではなく、「この子が自分でできることは何だろう?」と考えるようになった。これは、私たちがMeet Up Home Sendaiで大切にしたいことにもつながっています。
じゃあ、「友達になる」って何だろう?
ここで、最初の問いに戻ります。発達特性のある子どもと友達になるとは⁉一緒に遊ぶこと?困ったときに助けること?何かをしてあげること?もしかすると、それだけではないのかもしれません。最初は相手のことがわからない。どう関わればいいかわからない。それでも一緒に過ごしてみる。相手を見て、少しずつわかって、時には失敗して、またやってみる。
そして、「この人と一緒にいると、なんだか楽しい」そんな時間が少しずつ増えていく。私たちは、それも「友達になる」ということの一つなのではないかと思っています。
「障害がある人を理解する」の、その先へ。
Meet Up Home Sendaiで大学生と障害のある方が一緒に暮らすときも、最初から何もかもわかるわけではありません。「どうしたらいいんだろう?」という場面も、きっとあります。でも、そこで終わらない。一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、庭で野菜を育てて、時には困って、時には助けてもらって、少しずつ相手のことを知っていく。「障害を理解する」のではなく、「この人を知っていく」。そんな関係を、私たちはつくっていきたいと思っています。



