仙台に「大学生」と「障害者」が自然に支え合い、共に暮らすシェアハウスをつくります

仙台で大学生と障害者が自然に支え合いながら暮らす共存型シェアハウスをつくるプロジェクトです。お互いを理解し、共に成長できる新しい暮らしのかたちを目指し、物件取得済みで、現在リフォームを進めるため資金を募っています。仙台から「共存する価値観」が広がる未来を、皆さまと一緒に育てたいと考えています。

現在の支援総額

202,000円

16%

目標金額は1,200,000円

支援者数

24人

募集終了まで残り

13日

仙台に「大学生」と「障害者」が自然に支え合い、共に暮らすシェアハウスをつくります

現在の支援総額

202,000円

16%達成

あと 13日

目標金額1,200,000円

支援者数24人

仙台で大学生と障害者が自然に支え合いながら暮らす共存型シェアハウスをつくるプロジェクトです。お互いを理解し、共に成長できる新しい暮らしのかたちを目指し、物件取得済みで、現在リフォームを進めるため資金を募っています。仙台から「共存する価値観」が広がる未来を、皆さまと一緒に育てたいと考えています。

これまで、大学生たちと一緒に行ってきた活動について紹介してきました。医療的ケア児や発達特性のある子どもと一緒に過ごす。公園に行く。一緒に遊ぶ。食事をする。ワークショップに参加する。その中で、大学生たちはたくさんの「わからない」に出会いました。
「どう声をかけたらいいんだろう?」
「どうやって補助したらいいんだろう?」
「自分がやるより、支援スタッフがやったほうが楽しそうなのはなぜだろう?」
そして、「全部やってあげることが、本当にその人のためなのだろうか?」そんな問いも生まれてきました。今回は、そんな活動を重ねてきた大学生たちと、「じゃあ、私たちは何をしたいんだろう?」という話をしました。

「障害を理解してもらう」だけで、社会は変わるのだろうか?

障害のことを知ってもらう。ハンディキャップについて理解してもらう。困っていることを知ってもらう。もちろん、それは大切です。知らなければ、理解することもできません。

でも、大学生たちと活動をしていると、こんなことを考えるようになりました。「知識が増えるだけで、本当にその人との関係は変わるんだろうか?」例えば、「障害について詳しくなりました」でも、実際には障害のある人と話したことがない。一緒にご飯を食べたこともない。遊んだこともない。そんな状態だったら、「障害のある人=自分とは違う人」という感覚は、もしかすると残ったままかもしれません。

大学生たちが見つけたのは、「日常」という答え

そこで出てきたのが、「もっと日常の中で関わればいいんじゃない?」という考えでした。特別なイベントではなく。「障害について学ぶ日」でもなく。「支援するための日」でもなく。

例えば、一緒にご飯を食べる。「今日、学校どうだった?」と話す。冷蔵庫を開けて、「何食べようかな?」と考える。庭の野菜を見て、「そろそろ収穫できそうじゃない?」と話す。誰かが困っていたら手伝う。でも、何もない日は、それぞれ自分の時間を過ごす。そんな、ごく普通の毎日。

「日常からワクワクする」こと

私たちが大切にしたいのは、障害のある人を理解するために一緒に暮らすことだけではありません。むしろ、一緒に暮らしていたら、自然とお互いのことを知っていた。そんな状態です。
「この人、意外と料理がうまいんだ」
「この人、ゲームめちゃくちゃ好きなんだ」
「この人、野菜育てるの好きなんだ」
「この人、朝はめちゃくちゃ弱いんだ(笑)」

そんな発見がある。障害があるかどうかより先に、「この人って、こんな人なんだ」ということを知っていく。そこには、ちょっとした驚きや、笑いがあります。そして、「今日は何が起こるんだろう?」というワクワクも生まれる。

「支援する人」と「支援される人」から離れてみる

これまで大学生たちは、「支援する側」として子どもたちと関わることが多くありました。車椅子を押す。食事を補助する。排泄を補助する。ワークショップを手伝う。もちろん、それは必要な支援です。でも、一緒に暮らすとなると、それだけではありません。

例えば、大学生が料理をして、障害のある人が食器を並べる。大学生が困っていたら、障害のある人が教えてくれる。庭で一緒に野菜を育てる。どちらかが「支援する人」で、もう一方が「支援される人」と固定されるわけではありません。お互いに、できることが違う。だから、お互いに支え合うことがある。その関係をつくっていきたい。

「社会を変える」は、大きなことじゃないのかもしれない

ここまで大学生たちと活動してきて、私たちの「社会を変える」という言葉の意味も少し変わってきました。社会を変えるというと、大きな制度を変える。社会全体の意識を変える。たくさんの人に障害を理解してもらう。そんなイメージがあります。もちろん、そうしたことも大切です。でも、もしかすると社会が変わる最初の一歩は、もっと小さいのかもしれません。

例えば、「昨日まで知らなかった人と、今日、一緒にご飯を食べた。」それだけでも、その人にとっては大きな変化です。「障害のある人」という言葉でしか知らなかった人が、「○○さん」になる。「自分とは関係ない」と思っていたことが、「あの人のこと」になる。そして、「あの人、元気かな?」と少し気になる。それが、「今度、一緒に○○してみようかな」につながる。

以前、大学生たちと考えた「行動変容」

私たちは、大学生との活動を通して、人の変化をこんな流れで考えてきました。
無関心・無関係→「ちょっと気になる」→実際に出会う・関わる→「あれ?思っていたのと違う」→相手を知る・対話する→「自分にもできることがあるかも」→自分から行動する→周りにも関わりが広がっていく。

この中で大事なのは、「知識を増やすこと」だけではないということでした。実際に会う。一緒に過ごす。ちょっと困る。考える。また関わる。そうやって、「知らない人」が「知っている人」になっていく。

だから、シェアハウスだった。

そして、大学生たちと活動を重ねていく中で、「これを日常にできないだろうか?」という考えが出てきました。イベントなら、1日一緒に過ごせる。ワークショップなら、数時間一緒に考えられる。でも、イベントが終われば、それぞれの日常に戻ります。だったら、日常そのものを一緒にしてみたらどうだろう?そこから、「障害のある人と大学生が一緒に暮らすシェアハウス」というアイデアにつながっていきました。これが、Meet Up Home Sendaiです。

シェアハウスの本質は「障害者と大学生が住むこと」ではない

ここは、私たちがこのプロジェクトを考える上で、とても大切にしているところです。Meet Up Home Sendaiの価値は、「障害のある人と大学生を同じ家に住ませること」そのものではありません。本質は、「これまで無関心・無関係だった人同士が、日常を共にすることで、お互いを一人の人として知っていくこと」だと考えています。

「障害があるから、こうする」ではなく、「この人は、こういう人なんだ」から始まる。その中で、「これ、手伝ってほしい」「いや、自分でやってみる」「じゃあ、見てるね」「できた!」なんてやり取りが生まれる。そんな日常の積み重ねが、人と人との関係を育てていく。

「ありのままの自分と出会うシェアハウス」

だから、このシェアハウスには、Meet Up Home Sendai~ありのままの自分と出会うシェアハウス~という名前をつけました。誰かと出会う。違いに出会う。知らなかった価値観に出会う。そして、その中で、「自分って、こんなこともできるんだ」「自分って、こんなふうに人と関われるんだ」と、自分自身にも出会っていく。それは、障害のある人だけではありません。大学生にとっても同じです。

「社会を変える」の前に、「今日をちょっと面白くする」

私たちは、いきなり社会全体を変えられるとは思っていません。でも、
今日、一緒に笑った。
今日、一緒にご飯を食べた。
今日、相手ができることに気づいた。
今日、ちょっと助けてもらった。
今日、「また一緒にやろう」と思った。
そんな日常が積み重なっていけば、「障害のある人と暮らすこと」が特別なことではなくなる。
そして、そこで暮らした大学生が、学校やアルバイト先、地域に戻っていく。
その先で、「あの人と暮らしてたんだけどね」と誰かに話す。また別の人が、「じゃあ、自分も関わってみようかな」と思う。そうやって、少しずつ関わる人が増えていく。

それが、私たちの考える「社会を変える」です。

大きなことを言っているようで、やっていることは意外とシンプルです。一緒に暮らす。一緒に食べる。一緒に笑う。時には困る。助け合う。そして、一人の人として、お互いを知っていく。

Meet Up Home Sendaiは、そんな「日常」から社会のあり方を少しずつ変えていく挑戦です。「障害を理解するためのシェアハウス」ではなく、「一緒に暮らしていたら、いつの間にかお互いのことを知っていた」そんな場所をつくりたい。それが、大学生たちと一緒に活動してきた中で、私たちがたどり着いた一つの答えです。

シェアしてプロジェクトをもっと応援!

新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!