“真鶴らしさ”を未来へ紡いでいくために「美の基準かるた」をつくりたい!

1993年制定の「美の基準」は、建築だけでなく暮らしやコミュニティのあり方も示す真鶴町独自のデザインコード。近年その価値が十分に伝わらず、真鶴らしい風景も失われつつあります。今こそ「美の基準」の理念をわかりやすく伝える必要があると考え、子どもも大人も遊びながら学べる「美の基準かるた」を制作します!

現在の支援総額

606,082

40%

目標金額は1,500,000円

支援者数

56

24時間以内に7人からの支援がありました

募集終了まで残り

35

“真鶴らしさ”を未来へ紡いでいくために「美の基準かるた」をつくりたい!

現在の支援総額

606,082

40%達成

あと 35

目標金額1,500,000

支援者数56

1993年制定の「美の基準」は、建築だけでなく暮らしやコミュニティのあり方も示す真鶴町独自のデザインコード。近年その価値が十分に伝わらず、真鶴らしい風景も失われつつあります。今こそ「美の基準」の理念をわかりやすく伝える必要があると考え、子どもも大人も遊びながら学べる「美の基準かるた」を制作します!

真鶴「美の基準かるた」制作プロジェクトを応援していただき、ありがとうございます! おかげさまで40%まで到達しました。ここからさらに盛り上げていきたいと思いますので、よろしくお願いします…!

制作チームメンバー紹介3人目は、「美の基準」をテーマにしたツアーでガイドを務める、真鶴観光ボランティアガイド山﨑陽軒です。

山﨑陽軒(真鶴観光ボランティアガイド)

真鶴港で産湯を使い、石船「観音丸」を屋号にもつ、横宿の家で育った真鶴人(まなんちゅ)です。でも40年以上、横浜や東京、アメリカなどを点々として暮らし、コロナのパンデミック下で、真鶴町へ帰ってきました。その少し前に「美の基準」の存在を知ったことが、Uターンの引き金でした。

コロナ禍でにっちもさっちもいかない中、僕はただただ真鶴町内を歩き回りました。静かな背戸の、実のなる木や、さわれる花に触れ、人の気配を感じ、小さな人だまりで町のコミュニティと出逢いました。まつりに参加し、子どもの頃のにぎわいを思い浮かべ、この懐かしいまち並みを、次世代に残していきたいという思いから、町歩きガイドをするようになりました。

真鶴には高校も大学もないため、進学する子どもたちは、都会に出て行ったまま戻って来ないことが多く、僕自身もそうでした。「美の基準かるた」で遊ぶことで、子どもたちの心の中に、少しでも自分の町とのつながりをつくり出せるのではないか。そんな想いで、「美の基準かるた」の制作に関わることにしました。永らく離れていた故郷に、多少なりとも恩返しするための「終の活動」として…。僕が死んだ後にも残る“冷めても美味しい”シウカツにしたいと思っています。

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