

「これまで日本の災害の歴史で、“真夏の地震”の事例はほとんどありません。能登地震のときの寒さとはまた異なる、今だからこそ必要な支援と難しさがあります」
令和6年能登半島地震で発災直後から現地入りし、2年半以上が経った現在も被災地、珠洲で支援活動を続けている橋本笙子は、熊本地震の状況についてこう表現しました。
震度7の揺れによって一部地区ではインフラが破壊され、停電や断水が発生。復旧に時間がかかることも予想され、“暑さ”対策が被災者にも支援者にとっても大きな課題となっています。
「水不足による熱中症や、避難所内での感染症、猛暑下での食中毒リスクなど、この夏の時期だからこそ起こりうる、あらゆることを想定して、支援の取りこぼしがないよう丁寧に、スピーディに支援を考えていくことが大切です」
7月30日、支援活動開始から2日目。現場の混乱は続き、避難生活の長期化も予想されるなか、猛暑とも闘いながら命をつなぐ支援活動が続けられています。
“見えない被災者”に支援を届ける課題

今、現地で大きな課題となっているのが“見えない被災者”の存在です。初日の支援活動後、八代市災害対策本部会議に出席し帰路についていたとき、市の職員から連絡が入りました。
「ご自宅で具合が悪くなった方から連絡が入ったが、家族の事情でそのまま家の中で暮らしている方が居るので、一緒に訪問してくれないか」
市からの緊急の要請に急遽、市職員と保健師に同行しその方の家に向かい診察。断水の上に停電で部屋のクーラーが効かず、比較的涼しい玄関先で過ごしている状況だったといいます。
幸い会話することもでき緊急搬送することはなく、「今は病院も少しだけ落ち着き、救急車も呼べる状況に戻っているので、何かあったら我慢せずに些細なことでもすぐに連絡してくださいね」と伝え、家を離れたといいます(翌日から市職員と保健師がケアを継続)。
稲葉医師が話を聞いたなかで問題視したのは、「避難所へ避難することを躊躇している」ことだといいます。今回、地震の影響でいくつかの避難所では室内の空調が効かず、また断水でトイレが使えない等、避難所の環境も悪いことから、潜在的に在宅避難されている方が多いことが予想されています。
周辺の方に聞いても、エアコンや水のない避難所には行く気になれず、家も同じ状態なので敷地内で車中泊をしているという方がいました。

避難所内で医療支援を行っている森田医師はこう話します。
「今日から避難所の一画をお借りして診療を始めましたが、地震発生から一度も医療機関を受診されていない打撲やケガされた方が多かったです。
特に高齢の方が多く、病気のお薬が足りない…というご相談をたくさん受けました。しかし、水だったり食事だったり、ベッドだったり、足りないものがたくさんあります。診療もしながら、まずは何が足りないのか、どういったものが必要なのかを確認して、それに必要なものを支援させていただくようにしていきたいと思っています。
一方で、ご自宅で避難されている方もたくさんいらっしゃるようなので、今後はそういった外にいらっしゃる方の診察もできたらと思っています」
災害関連死を防ぐ――そのためには、迅速に避難所に来てもらう環境を整備し、同時に避難所での臨時診療所だけでなく、出向く医療支援が求められています。
「寝ずに目の前の命を守った方々」を支援する
2026年7月28日の発災から2日目。患者対応が逼迫しているので助けてほしいとの応援要請を受け、急ぎ熊本総合病院へ。看護師や医師のお話によると、地震の影響で院内のエレベーターは止まり、人手不足などの影響から患者搬送が難航しているとのこと。ピースウィンズのヘリコプターの活用の提案や人員構成の説明をしたのち、帰りがけに病院の副院長から「救急の人手が足りないので、看護師さんに手伝ってもらうことはできませんか」との相談がありました。
空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の戸田看護師は、その足で院内の救急救命センターへ。これまでの状況報告を受け、発災直後から現在までの病院が逼迫した状況が伝えられました。

救急外来は、発災後も助けが必要な方はすべて受け入れる基本方針のもと、次々と搬送されてくる患者の対応に追われ、文字通り不眠不休で従事。用意したトリアージタグ400枚が一晩明けると無くなっていたほど、外来患者の対応に追われていたといいます。戸田看護師が訪れたときは、まさに束の間の休息のようなタイミングで、待機中の看護師らと少しだけ談笑。疲弊した医師や看護師たちの顔には、わずかばかりの笑みがこぼれました。
戸田看護師は、逼迫した状況のなかでも地元の住民の命を必死で守ってきた医療重視者に対する、支援者としての自身の姿勢をこう話しました。
「寝ずに目の前の命を守った方々。そこに支援に入った私たちが疲れている姿を見せたくない。むしろ皆さんに何かクスッと笑ってもらえるような、気分が少しでも明るくなれるような話題を話して、空気を変えられたらと思っていました」

その数分後、ふたたび次々と患者が搬送されてきました。救急外来は一気に慌ただしくなり、戸田看護師は救急車から降ろされた患者にやさしく声をかけながら、救急隊員らと共にセンター内に運び入れ、症状別にレントゲンなど必要な検査や処置へ引き継ぐと、次々に新たな患者を受け入れるためのサポートを行いました。
市の職員も、病院ではたらく医療従事者も、被災した地域の人びとは、みな被災者です。病院は、命を救う地域の必要不可欠な機関。その機能を止めることがないようにサポートすることも、空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の大切な支援です。
必要な支援を、本当に必要な人に届ける。稲葉医師は、「医療・物資の両面で、できる支援はすべて考えていきたい」といいます。何ができるか、何が必要とされるのか。今後もニーズ調査に基づき、医療支援と並行して避難所等への支援も進めてまいります。



