飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

現在の支援総額

423,800

84%

目標金額は500,000円

支援者数

44

24時間以内に8人からの支援がありました

募集終了まで残り

9

飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

現在の支援総額

423,800

84%達成

あと 9

目標金額500,000

支援者数44

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。

残り11日。現在の達成率は62%です。


第7回は、2015年。

「作品そのものが、関わった人の誇りになる。」

_____


2015年、飛生芸術祭に新たなアーティストとして淺井裕介さんを迎えました。


淺井さんが飛生の森で制作したのは、その土地で採れた土を使って描く大きな壁画《種を食べた獣》。




淺井さんの泥絵は、それまで展示が終われば消されるものも多く、その場所、その時間にしか存在しないことも作品の大切な要素でした。


そんな淺井さんの作品が、飛生では森の中に残ることになります。


しかも、この作品をつくったのは淺井さん一人ではありません。


飛生の土を集め、色をつくり、森づくりのメンバーをはじめ、そこに集まった多くの人たちが制作に参加しました。




そして作品の中には、制作に関わった人たちの手形や名前も残されています。


完成した作品を眺めながら、


「自分も、この作品をつくった一人なんだ。」


そう言える人が、この場所にはたくさんいる。




作品は、アーティストだけのものではなく、関わった人それぞれの記憶となり、ときには誇りにもなっていく。


それまで、みんなで森そのものをつくってきた飛生で、今度はひとつの作品を一緒につくる。


アートと人との関わり方が、またひとつ広がった出来事だったように思います。


《種を食べた獣》は現在も飛生の森に残り、この場所を象徴する風景のひとつになっています。




今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。


クラウドファンディングは残り11日。

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