飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

現在の支援総額

423,800

84%

目標金額は500,000円

支援者数

44

24時間以内に8人からの支援がありました

募集終了まで残り

9

飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

現在の支援総額

423,800

84%達成

あと 9

目標金額500,000

支援者数44

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

芸術祭 の付いた活動報告

40周年記念誌の制作に向けたクラウドファンディングも残り10日。現在の達成率は69%です。最初は遥か遠くに感じていた目標が、少しずつ見えるところまで来ました。ご支援いただいた皆さま、本当にありがとうございます。とはいえ、今回は目標額に達しなければ成立しない「All-or-Nothing方式」での挑戦です。最後の日まで、飛生の40年を振り返りながら、この場所に残ってきたものをひとつずつ紹介していきたいと思います。第8回は、2016年。「黒い鳥を迎えるための巣ができた。」______2012年から、飛生の森では「Tupiu=黒い鳥」が存在するという物語を手掛かりに、森そのものをひとつの世界としてつくり始めました。森の住人の家ができ、塔が立ち、窯や畑が生まれる。けれど、最初から「黒い鳥の作品をつくろう」と決めていたわけではありません。森づくりを続け、道ができ、森が再び活力を取り戻してくるうちに、僕たちはこの森に作品を「置く」のではなく、この森だからこそ生まれるものは何なのかを考えるようになっていきます。やがて、「ここには、黒い鳥を迎える場所が必要なのではないか。」そんな感覚が、少しずつ立ち上がってきました。人の手でつくっているはずなのに、どこか、自分たちがつくらされているような。森に導かれるように、必要なものがひとつずつ形になっていく。そんな感覚があったように思います。そして2016年、森の中に大きな巣が現れました。Tupiu NEST。見えないものの存在を、少しだけ感じてもらうための場所。黒い鳥の気配が、確かに森に息づき始めました。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り10日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り11日。現在の達成率は62%です。第7回は、2015年。「作品そのものが、関わった人の誇りになる。」_____2015年、飛生芸術祭に新たなアーティストとして淺井裕介さんを迎えました。淺井さんが飛生の森で制作したのは、その土地で採れた土を使って描く大きな壁画《種を食べた獣》。淺井さんの泥絵は、それまで展示が終われば消されるものも多く、その場所、その時間にしか存在しないことも作品の大切な要素でした。そんな淺井さんの作品が、飛生では森の中に残ることになります。しかも、この作品をつくったのは淺井さん一人ではありません。飛生の土を集め、色をつくり、森づくりのメンバーをはじめ、そこに集まった多くの人たちが制作に参加しました。そして作品の中には、制作に関わった人たちの手形や名前も残されています。完成した作品を眺めながら、「自分も、この作品をつくった一人なんだ。」そう言える人が、この場所にはたくさんいる。作品は、アーティストだけのものではなく、関わった人それぞれの記憶となり、ときには誇りにもなっていく。それまで、みんなで森そのものをつくってきた飛生で、今度はひとつの作品を一緒につくる。アートと人との関わり方が、またひとつ広がった出来事だったように思います。《種を食べた獣》は現在も飛生の森に残り、この場所を象徴する風景のひとつになっています。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り11日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り13日。現在の達成率は46%です。目標額に達しなければプロジェクトは成立せず、ご支援金は返金されます。第5回は、2007年に開催した「TOBIU MEETS OKI」についてです。______2002年に飛生へ戻った国松希根太には、記憶に残っていた風景がありました。子どもの頃、飛生の体育館で開かれていたジャズコンサート。普段は静かな山あいの場所に、その日だけたくさんの人が集まってくる。「あんなふうに、自分たちの世代でも何かできないだろうか。」そして2007年、飛生のアトリエを開放して開催されたのが「TOBIU MEETS OKI」でした。招いたのは、トンコリ奏者のOKI。木造校舎の教室には国松希根太や仲間たちの作品を展示し、音楽ライブ、アートフェア、誰でも参加できるポストカード展なども行われました。飛生は、決してアクセスの良い場所ではありません。「果たして、どれくらいの人が来るんだろう。」ところが当日、集まったのは約300人。予想以上にたくさんの人が飛生を訪れ、音楽を聴き、作品を見て、この場所で時間を過ごしました。国松自身も「楽しんでもらえた実感があった」と振り返っています。当時のポスターに記されていた言葉は、「飛生がくれた時間が僕たちの夢の始まりだった―」この言葉は、やがて、現在まで続く「僕らは同じ夢をみる―」という飛生のテーマへとつながっていきます。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り13日。詳細・ご支援はhttps://camp-fire.jp/projects/978469/


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り14日。現在の達成率は43%です。たくさんのご支援、本当にありがとうございます!第4回は、転機となった2002年にさかのぼります。______________1986年、廃校となった旧飛生小学校に、十数人の作家たちが集まり、共同アトリエが始まりました。展覧会や音楽会なども行われ、多くの作家が制作のためにこの場所へ通っていました。しかし年月が経つにつれ、第一世代の作家たちはそれぞれ別の場所へ制作拠点を移していきます。2000年代に入る頃には、かつての賑わいはなくなり、家具作家が一人でアトリエを使うような時期になっていました。そんな飛生に、2002年、一人の若い作家が加わります。創立メンバー・国松明日香の息子であり、幼少期の2年間をこの場所で過ごした彫刻家・国松希根太です。とはいえ、「飛生に戻りたい」という強い思いがあったわけではありませんでした。大学卒業後、北海道で制作場所を探していた国松にとって、飛生は「広いスペースを安く使える」という、とても現実的な理由から選んだ場所でした。古い教員住宅を直して暮らし始め、まずは自分の作品をつくるためのアトリエとして使う。最初は、ただそれだけでした。けれど、この場所で制作し、暮らしていくうちに、少しずつ意識が変わっていきます。「飛生って、いったいどういう場所なんだろう。」地域の人たちと話し、周囲の風景を見るようになる。そして、ここを訪れた友人たちが「いい場所だ」と言って帰っていく姿を見ながら、あることを考えるようになります。「作品を別の場所へ持っていくのではなく、この場所そのものを見てもらえばいいのではないか。」そんな出来事も含めて、40年の飛生には、たくさんの記憶があります。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り14日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り15日。現在の達成率は41%です。遥かに遠いと思っていた目標が、少しずつ近づいてきました。たくさんのご支援、本当にありがとうございます!今回は、目標額に達しなければ成立しない「All-or-Nothing方式」での挑戦です。少しずつ目標が見えてきましたが、成立まではまだ道半ば。最後まで、この挑戦を続けていきます。第3回は、大きな黒い鳥についてです。______飛生の森づくりは、道づくりから始まりました。切り拓いた道にウッドチップをまくと、とてもきれいな道が出来上がり、誇らしい気持ちでいっぱいになりました。2011年の芸術祭では、自分たちの作品を中心に、ゲストも交えて多様なアート作品を展示しました。その時は「やりきった」という満足感に満たされていたのですが、時間が経つにつれて、ひとつの問いが生まれていきます。「この森に、アートを置くという行為に、どんな意味があるのだろうか。」僕たちの考えは、すでに「森に作品を展示すればいい」というところには留まらなくなっていました。外からそれぞれの作品を持ち込むのではなく、この森だからこそ生まれる作品とは何か。そんなことを考えるようになったのです。そのとき話題に上がったのが、飛生という地名の語源のひとつともいわれる「Tupiu=黒い鳥」でした。飛生アートコミュニティー代表の國松希根太は、子どもの頃、飛生の森でひとり遊んでいたときに、黒くて大きな鳥を目撃したことがあるといいます。「その鳥と目が合った気がして、どこか自分が見守られているような感覚があった。」その記憶と「黒い鳥」の伝承を手掛かりに、僕たちは黒い鳥をモチーフにした作品をつくり始めました。いつか、この広場で、再びその黒くて大きな鳥を迎えるために。そんな出来事も含めて、40年の飛生には、たくさんの記憶があります。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り15日。詳細・ご支援はhttps://camp-fire.jp/projects/978469/view


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